「0%だ」
それは単なる気まぐれだったのかもしれない。でもとても興味が引かれたから聞いてみた。 黄色い蛙はわたしの質問を聞いているんだかいないんだか、コンソールに向かったまま数秒考えるような間をあけた。無視されてるんだろうかと不安になった瞬間に、ぽつりと答えが耳に届く。
「そうか。ありがと」 「なんだよ。聞きたいのはそれだけかぁ?」
こちらは向かずにダルそうに呟かれ、わたしは「ごめんそれだけなんだ」と謝った。いつもなら何も用事がなくても居座り続けるような性格だから、とても不自然だったのかもしれない。 でも、答えを聞いてしまったらなんだか無性にここに居たくなくなったんだ。
「答えてくれて、ありがとう。じゃあ行くね」
黄色い蛙の表情は読めない。聞いた質問の意図も、用途も、彼は聞かなかったから。 わたしはそのままクルルズラボを出て、秘密基地の中をまっすぐに出口に向かって歩いた。歩いて歩いて歩いて、普段だったらケロロの部屋を覗いたりタママと他愛ない話をするのにそれもせずにただひたすらに前を見続けた。どくどくと鼓動がなる。歩くわたしの背を押すような、はやる気持ちをなんと呼ぶんだろう。 白い壁に手をついて、止まった足を見たら震えてた。
「どうしたの?」
自分の異変に気がついて、初めにそう聞いてくれたのは夏美ちゃんだった。夕食をご馳走になっている途中に聞かれたから、きっと箸が止まっていたのだろう。わたしはつとめて明るく、なんでもないよと笑った。空笑いは喉の奥を熱くしたけれど、昼間から続く妙な鼓動は休まることを知らない。 さっき気付いたんだけれど、これは焦りに似ている。
「ご馳走さま」
冬樹くんも夏美ちゃんも不安そうにわたしを見るから居たたまれなくなって早口でそう言って家を飛び出した。用事があるからもともと出かけるつもりだったのだけれどまるで逃げるようにしてきてしまった自分に笑いがこみ上げる。
だって、この焦燥感を誰と共有しろというのだ。
「クルル!ちょっといいでありますか?!」
夜更けに突然に自分の部屋に入ってきた隊長は、返事を聞く前にドアを開けた。来ることはわかっていたが、少しだけ早いなと心の片隅で思う。
「なんだよ、隊長」 「
殿に何をしたでありますか?!」
椅子のまま振り向けば、想定内の質問。そうして、そこに居並ぶのは隊長だけではない。タママもギロロもそこにいた。 俺は笑いを隠しきれない。
「クーックックッ。何かあったのかィ」 「フザケルな。お前が何かしたのは明白だ」
機械音を響かせてギロロが銃を構えた。短気な先輩に、クルルが肩をすくめる。
「言っとくが、俺はなんもしちゃいないぜェ」 「嘘ですぅ!そうじゃなきゃ、
っちがおかしくなるはずないですぅ」
タママが声を張り上げた。この後輩が自分にたてつくのは珍しい。
「―――――――――そうでござる。神妙に話されよ」 「クックッ。居たのかい。ドロロ先輩」
スタッと天井から舞い降りたドロロは、ケロロ隊長たちと横に並んだ。ずらりと整列した小隊に睨まれるがクルルは気にした様子もない。それもそのはず、全てが想定の範囲内なのだから驚きようも無い。
「だから、
殿に何をしたでありますか?」 「クックッ。だぁから、俺は何にもしてないぜェ」 「嘘をつくな」 「ついてねェ」
押し問答も、クルルにとっては得意分野だ。これからのことも予想がついている。このままいけば、短気なギロロが自分に発砲してことがうやむやになる可能性が高い。その次にはキレたドロロによっての公開処刑。タママはキレるほど怒っていないだろうが、コイツの飼い主である西澤グループが絡んでくると厄介だ。ついでに一番確率が低いがケロロ隊長も何か行動を起こすかもしれない。でもこの人はまず理由を聞きたがるから、別に心配はないだろう。 だがそれもこれも全ては確率論だ。現実は想定の範囲内での行動が全てであるが、先が読めるわけも無い。こうなるかもしれない、なんて予想の先にある未来なんて自分の偶像でしかないのだ。だからこの予想だって、新たな侵入者の存在であっさりと覆されてしまう。
「じゃあ、
ちゃんに何言ったのよ」
侵入者は小隊の背後のゲートをくぐりながら、仁王立ちでそう聞いた。 夏美の登場に、そこにいたケロロたちが驚いたように降り返る。それでもクルルの顔色は変わらない。
「答えないさいよ。
ちゃんに何言ったの」 「クーックックッ。一体、アイツは何をやらかしたんだぁ?」
小隊全員が自分に敵意を向けるような何をしたのか、クルルは笑いながらたずねた。本当は検討がついてはいるが、聞いてみたかった。
「我輩、
殿に新しいガンプラをもらったのであります」 「俺は武器を磨くための布だ」 「ボクはお菓子ですぅ」 「拙者は新しいクナイを数本・・・・・」
「いいもんもらってんじゃねぇか。それがどうして問題なんだよ」
「それが問題なのであります!!」
ケロロが怒鳴って、クルルは黙る。
に贈り物をもらった全員がどうしてこんなに自分に対して敵意を向けるのか。黙ってもらっておけばいいものをと思ったが、それが出来ないのもこの小隊のいいところだろう。 椅子から飛び降りて、俺は歩き出す。
「
ちゃんなら、あたしの部屋で寝てるわよ」 「クックッ。俺はどこに行くとも言ってないぜェ」 「行かなきゃ出さないわよ。・・・・・・・で?最初の質問の答えは?」
小隊全員で入り口を塞ぐから、俺はとうとう観念した。
「聞かれたから、答えただけだ」
突然部屋にやってきた少女が、自分に一つの質問をした。それに答えただけのこと。
「ペコポンに侵略に来なかった場合の俺たちが出会う確率をなァ」
0%だと正直に答えたら、ありがとうと返事がした。もうすでに落ち込んだその声に、俺はなんと声をかけてやればよかった?
ケロロが黙ってそれに習うように全員が動きを止めるから、俺はそのままクルルズラボを出る。足が向かうのは夏美の部屋だ。今だって何を言えばいいのかわからないのに、彼女に会ったら余計にわけがわからなくなりそうだった。 それなのに、足が動くのはきっとあんなものをもらってしまったから。
『出会ってくれて、ありがとう』
一通のメールが自分のもとに届いたのはついさっきだ。寝る前に打ったのか、それだけのメールは何も語らない。
「“もしも”なんて話で、今を否定するんじゃねェよ」
布団に包まって泣いているであろう少女に、現実を突きつけにいざ進もう。
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