「わかってたのかもしれないなぁ」

 


真夜中、零時を過ぎた部屋の中はひっそりと暗い。それなのに柔らかな毛布に包まり、呟いた声は場に似合わずに明るかった。まるで何の感情も込めないように、期待しないように、認めたくはないことを認めるように吐き出した声。

 


「なにを………………?」

 


隣に居た夏美はわたしの顔を覗くと、声を小さくして聞いた。彼女もわたしと同じように、体を守るように毛布を被っている。その瞳にはいささかの不安が、暗がりでもわかるようにはっきりと映し出されていた。

 



「うん。ちょっと………………。ねぇ、夏美ちゃん」
「ん?」
「わたし、夏美ちゃんのこと好きだよ」
「いきなり、どうしたの?」
「ン………………、どうしてかな。でも言いたくなったの」

 



出来るだけ綺麗に笑えるように、わたしはゆっくりと笑顔になった。「なにそれ」とても冗談を笑えるような状況じゃないけれど、夏美ちゃんはいつもどおりに笑ってみせてくれる。彼女は強い。強くて優しい。子どもらしい情熱と、無心の優しさを持つ彼女が本当に大好きだった。

 



「私も大好きだよ………………」
「ありがとう。ねぇ、夏美ちゃん知ってる?」

 


この国にはね、幸福追求権てものがあるの。

 


「幸福………………?」
「そう。幸せを追い求めることを、誰にも咎められやしないのよ。素敵じゃない?」

 


毛布の中、夏美の手を探り当てて握ればどちらの手も驚くほど冷たかった。そのことにまたひとしきり笑う。わたしも夏美も、大変な選択を迫られているのにこの部屋の雰囲気は少しも揺るがない。先ほどまで二時間も、いやそれ以上の時間を、二人で黙って過ごしていたと言うのに幸せだったときをそのままに残している。
夏美の部屋はたくさんの思い出に溢れている。溢れている思い出を一つ一つ思い出すように、掬い出すようにわたしたちは笑っていた。きゅうと握る手のひらが、ようやく熱を帯びてくる。

 



「素敵ね」
「でしょう?…………わたしたち、幸せにならなくちゃいけないのよ」

 



決意の瞳に揺るぎない思いを込めて、静寂をかき消すくらいの声を出した。その声に覚醒するように、夏美の瞳に光が灯る。大丈夫。声に出しては言わないけれど、二人ともわかっていた。これからわたしたちがすることは、わたしたちの幸せを手に入れるためにしなければいけないことだ。理解していたけれど、理解していたから辛いこと。

握った手を、一度離して握りなおす。その瞬間に、窓からすさまじい光が差し込んだ。太陽光とは違う、地球のどの光よりも眩しい光だった。音もなく窓を開ければ、そこに広がるのは光の球体。軽く家を飲み込んでしまうような、巨大なそれが徐々に近づいてくる。
夏美が左手に、銀色に光るものを掲げる。そうしてまばたきを一つすれば、そこにはパワードスーツを着込んだ彼女が立っていた。

 



「さぁ、行こうか」
「うん。わたしたちの幸せには誰が必要か教えてあげなくちゃ」
ちゃんは、クルルでしょ」
「そーゆう夏美ちゃんはギロロよね」

 



わたしたちをおいて、どこかに行けるなんて思わないで。
わたしたちが幸せを掴み取ることを誰にも邪魔させないわ。

 


―――――――――もちろん、あなたにもよ。


 

 

わたしの幸せ

(06.10.01)