運命もインスピレーションも、あたしには縁のないことだった


だって目があった瞬間に落ちる恋なんてあるはずがないから














あたしはいわゆるヒトメボレってやつを信じていない。

だって一言もあいさつも交わさずにいったい何がわかるっていうの。

そんなのは激しい思い込みよ。くだらない。



「そうかぁ?オレはイケてると思うけどねぇ」



聞こえた声は、不機嫌そうなわたしの声よりも落ち着いて自分の意見を述べていた。

あたしはその声が聞こえないふりをする。

瞳があった瞬間に何かがわかりあえるなんてあるはずないもの。

もしもそんな奇跡が起きてしまう世の中ならば、わたしは何にも感じたくないしわかりたくなんてない。

だって人は変わって、時間は移って、絶対に変わらないものなんてないのに。

どれだけわかりたくても理解できない他人のことを恋の力とかいうやつでわかってしまうなんて許せない。

だったらわたしたちの苦労はいったいどこへ?



「悔しいわ」



呟いたのはたった一言。あなたには絶対聞こえないように声を落として。

ホントに心の底からムカつくわ。


「クーックックッ!アンタ、気に入ったぜぇ」


赤い空。独り言のようにそういうあなた。

待ってよ、あたしは何も感じなかった。恋の力なんて働かなかった。

それなのにあたしのことをあなたは何か一つでもわかったの?



「さぁ?インスピレーションてやつ?」



望んだ答えとは違うもの。

でもその言葉には自身に満ちた何かが含まれていて。

彼が背負う太陽が、赤く落ちるさまさえもなぜか不快だった。

だってあたしはあなたに何にも感じなかったから。それは空気のように。



「嬉しいねぇ」



正直にそういうと、あなたは極上の笑顔であたしを見る。

なぜ?“空気”みたいなんて、それだけあたしの中で印象が薄かったってだけのこと。

あなたはただそこに“いる”だけ。



「いいじゃねぇか。それだけアンタはオレを自然に受け入れてくれたってことだろ?」



ずいぶんなポジティブシンキング。

あたしにとって他人以下だったって言ってもあなたはそうやって笑っていられる?



「クーックックッ!過去の話にこだわるつもりはねぇよ」



知り合い以上友達未満。そんなあなただったのに。

紳士ぶって、土足で人の心に踏み込んで、

かき回すだけかき回して、心の中をあなたで一杯にされた。

もう、窒息しそうなのよ。



「肝心なのは始まりじゃねぇよ」



夕焼けを背負って、笑うあなたの笑顔には影ができている。余裕の笑みってやつ?

狡猾な策略にまんまとハマったわたしだけれど、うぬぼれないで。

あなたのいいところばかりを眺めていただけではないわ。

一目見ただけの恋の力よりも、あたしは何倍もあなたを理解してる。

本音はいつでもその奥に隠されてるの。



「それに、ホラ。もうアンタは“空気”なしじゃ生きられねぇ」



悔しいわ。


















好きです、なんて、言えない。

(06.10.19)