彼がすごいということは、なんとなくわたしにもわかる。
生まれた星は違うし、育った環境も常人の基準も違っているけれど、誰に聞いても彼が天才であることに変わりはなかった。なんでも小さいころ頃から有名な天才少年だったらしい。発明もさることながら、科学と名のつくすべての学問をこなし、本部でも指折りの科学者だった。しかも天才にありがちな融通の効かなさを巧妙に隠し、要領よく物事をこなしていたというのだから、彼が最年少で少佐に昇格したというのも当たり前と言えば当たり前の話だ。わたしは少佐がどれだけ偉いのか知らなかったけれど、軍曹たちよりもうんと偉いことはわかっていたからそれで納得してしまった。
その彼が突然少佐から降格されてケロロ小隊に配属され、民家の地下で日夜コンピューターに向かっている。助手はただ一人きり、気の利くモアちゃんはケロロのためならあの偏屈の相手も喜んでする。彼らはとても息があっており、私情を抜かせば最高のパートナーと言えなくもない。
モアちゃんはいい子だ。素直で物分りがいい。彼が傍においても文句を言わないくらい、時折助けてあげるくらい、仲がいい。でも、わたしもモアちゃんが好きで、だから、これは嫉妬ではない。ただ、そうなんとなく、寂しいと感じてしまっているだけ。
天才といわれた人に近づくすべを、わたしはモアちゃん以上に何も持たないから。
「殿〜? なにしてるんでありますか?」
日向家のリビングでソファに座ってぼうと宙を見続けていたわたしは、声のした方に視線を投げる。扉を開けた状態でケロロがこちらを見ていた。
「なにもしてないよ」
「そーでありますか。じゃ、なんか悩み事?」
「…………どうして、そう思うの」
向かい側のソファにどっかりと腰を下ろしたケロロが、眉を潜めたわたしに笑う。
「顔にかいてありますもーん。だてに年とっちゃいないでありますからなぁ、我輩も」
「…………おっさん、くさ」
「ひどっ、こぉんなプリチーな我輩捕まえてオッサン扱いはないであります!!」
自分から年がどうとか言い出してきたのにケロロは被害者ぶる。わたしはどうでもよくなりながら頭をかいてそのまま何度か髪をすいた。ふわりとシャンプーの香りがする。
「…………言ったところで解決しない問題なら、相談なんて無意味でしょ」
甘い匂いがして、わたしの言葉も少しだけ優しくなる。ケロロは見た目は頼りなく不甲斐ないが、これでも隊長であり話をまとめる立場にある。実際に頼りになるところなど見たことはないが、それでも心配してくれた人にはそれなりの対応が必要だと思った。わたしは元々言葉遣いが正しい方ではないから、他の人にはキツイと取られるかもしれないけれど。
「…………解決しないんでありますか?」
「…………そうだよ」
「じゃ、たいしたことないでありますね」
ケロロがあっけらかんと言って、わたしは目を瞠る。あまりにも簡単に片付けられてしまって怒り出したいような気持ちに駆られたけれど、相談しなかった手前それも憚られるような気がした。ソファから飛び降り、ケロロは来た時と同じ足取りでリビングを出て行く。
わたしはその背中を恨めしそうにじっと見つめた。すると不意にケロロがこちらを向く。
「解決できない問題っつーのはね、殿、それが当たり前だからなんでありますよ。つまりは日常、今までの常識、そーゆー覆せないもんを認識したとき人は頭かかえて、壁にぶちあたる。でもね、殿、たぶんでありますが…………」
それから口元を覆って笑うのを堪えるようにして、ケロロは苦笑した。
わたしはそれに少しばかりむっとしながら彼の言葉を待つ。
「あの偏屈は殿の悩みなんてお見通しでありますからして、下手にしょげると返って喜ばせることになるでありますよ〜」
ケロロは言うだけ言うと、ひらひらと手を振って部屋を出て行く。扉が開いてまた締まる音をきっちり聞きながら、わたしは言われた言葉を考えた。
変えられない状況は、何の力も持たない無力な自分自身と、すべてを変えてしまう彼自身の有能さ。それに嫉妬して、少しでも近づこうとモアちゃんを観察して、また打ちのめされた。
結局落ち込んで人にあたってしまったわたしの行動を、ケロロの言うとおり彼はわかっているのだろうか。それでやっぱりもがいているわたしを、あの嫌味で耳に残る笑い方でモニター越しに見ているんだろうか。
あ、ちょっと腹立つ。
「…………そうだよね。まぁ、いいや」
例え彼が希代の天才で、すごい地位についていて、有能な助手を持っていても。
それが最初からそうであったなら、わたしに変える権利はない。それよりももっとシンプルに考えよう。わたしは彼にとって何なのか、どうなりたいのか、未来を描いて彼との関係をどうしていきたいのか、それだけを。
彼に好きだと告げたならどんな反応をすることだろうかと考えると、少し楽しくなった。
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