お気に入りのCDをかけながら、朝食の準備をし始める。今日は日曜で、とても天気がいい。決まった予定もない。これだけでも最高の一日だけれど、昨日やっと手に入れた新しい葉っぱで入れた紅茶を飲んだらもっと最高の気分になりそうだ。トーストにはたっぷりの蜂蜜と一切れのバター、ミニトマトが冷蔵庫に五つあったはずだし、ヨーグルトにお隣さんからいただいた苺のジャムをかけて…………………テーブルの上が朝の色に華やいだ。
朝食が一番好きだ。綺麗な朝日が窓枠からすべりこんでくるのを眺めながら、一番好きなものを胃におさめる瞬間はとても心地いい。ときどきニュースを見て、最近の流行りの歌を教えてもらって、けれど日曜は窓からの景色だけを見てすごす。日曜はとても大切だ。一週間のリセットとスタートをいっぺんに行わなければならない。反省して教訓を心にためて、次の準備にいそいそと追われる。だから朝くらいはゆっくりと、紅茶でも飲みながら、トーストでもかじりながら、ミニトマトの歯ざわりにうっとりしながら、甘いジャムに感謝しながら、過ごすべきなのだ。
あぁ、今日はとても天気がいい。空には雲ひとつなく、薄い青空が広がっている。洗濯をして掃除機をかけたら、どこかに出かけるのもいいかもしれない。お弁当を持って、足の向いた場所にふらふらと……………。


「よぉ」


空想に浸っている最中に、独特のイントネーションを持つ声が聞こえた。(その「よぉ」は、まるで自分がいることを当然のように思っているのだ)わたしは、一般人らしく彼の登場に驚きを示した。(ただ二回、大きくまばたきをした)


「この場合、あなたは『おはよう』というべきじゃない?」
「そりゃあ、さっきまで寝ていたやつらの言う台詞だろ? オレは徹夜明けなんだ」
「あぁ」


そう、という言葉は喉の奥に引っ込んだ。来訪者は当然のようにテーブルについて、一人分しかない朝食を見ている。色とりどりの、最高に気持ちのいい食卓を彼が眺めるのはとても不思議な情景だった。不健康な彼には似合わない。


「クルルも、食べる?」
「遠慮する。それよりもコーヒー淹れろよ」
「ごめんなさい、豆が切れちゃって」


答えると彼は不機嫌そうに舌打ちをした。紅茶の葉っぱと一緒に買ってくるつもりだったのだけれど、新しい紅茶はそれなりに値段が張っていたので諦めたのだ。眉根を寄せるカフェインジャンキーには、コーヒーのないこの家の価値は相当低くなったに違いない。わたしは一応彼の分の紅茶も淹れて、朝食を食べ始める。


「紅茶、ねぇ」
「午後のモアモアティーのほうがよかった? まだもらったのがあるけれど」
「いい。お前にやったんだから、お前が飲めよ」
「そう? でももったいなくて飲めないわ」


可愛らしいモアちゃんのコスプレ衣装が目を引く缶は、飾っておいてもいいくらいだ。空にするのがもったいないから寝室の棚の上に置いてある。朝、目が覚めて彼女の笑顔を見るととても元気になる。今日もがんばろうという活力さえも沸いてくる。発想が、親父くさいかもしれないけれど。
ミニトマトに歯をたてる。口の中ではじけて、甘酸っぱく広がっていく。


「今日のお仕事は、何だったの?」
「いつもどおり、隊長の下らないお願いってヤツだ」
「そっか。またゴタゴタが起こりそうなものなの?」
「オレが関わってゴタゴタが起きなかったことがあるかよ」
「その自信はどうかと思うけど……………それもそうね」
「お前も巻き込まれるか? 暇つぶしにはもってこいだぜぇ」
「遠慮する。つぶす暇がないもの」
「暇なんつーもんは、作ればいくらでもあるんだよ」


わたしはトーストをかじりながら、肩を竦める。彼の言い分はもっともだけれど、それを実行する勇気も気力もわたしにはなかった。
彼はカップを首と一緒に傾けながら紅茶を飲み干す。喉がなって、「あぁ、今あそこを流れている」とわたしは想像する。とてもなめらかに、綺麗な赤い紅茶は彼に吸収される。
ヨーグルトの皿に残ったひとすくいの赤いジャムを、わたしは口にいれた。


「終わったか?」
「朝食? 終わったわよ」
「んじゃ、いいな。こいよ」


彼は椅子から飛び降りて(飛び降りる、という言葉がぴったりなのだ)わたしを誘ってさっさと行ってしまう。リビングの窓の傍、日当たりが一番いいそこに座って早くと目で促される。わたしは片付けていないお皿や紅茶カップを一瞥して、ため息をつく。我侭な彼のかたわらで、膝を折って座るわたしは素直すぎると思う。


「なぁに」
「いいから、膝かせ」
「ちょっと、まさか」


静止よりも早く、彼がわたしの太ももに頭を乗せた。何度か頭を動かして、形を調整しようとまでする。わたしは呆れるよりも感心して、彼を見た。たぶん彼にとってわたしの朝食を待っていたということは、とてつもない妥協案なのかもしれない。


「わたし、後片付けもしていないんだけど」
「あぁ」
「お皿はともかく、紅茶のカップは洗いたい。染みになっちゃうし」
「……あぁ」
「今日だってそうよ。わたしの予定では、どこかに散歩がてらピクニックに行くつもりだったんだから。ここじゃ、日に焼けるだけよ」
「………………あぁ」
「はぁ。……………話の途中で寝ないでよ」


黄色の体が、ゆっくりと上下する。小さな体にブランケットをかけて、この邪魔者をどうしようか考えた。片付けも洗濯も掃除機もピクニックも出来やしない。わたしの大切な日曜をどうしてこんな陰険眼鏡に使わなければいけないんだ。とても、理不尽な気がする。


「理不尽、いい言葉だわ」


あなたにぴったり、と笑って、わたしは窓の外を見る。雲ひとつない空はうっすらと青い。太ももの上の我侭な来訪者が起きたなら、夕飯の買出しでも手伝ってもらおう。カレーだけは断固として断って、今日はなにか別のものを作る。
それくらいの我侭許されるわよねと、柔らかな頭を撫でながらわたしは思った。









































(09.10.09)