愛してるとは笑った。
オレはそれに答えなかった。尋ねた張本人であるというのに、その答えに対する返答を持っていなかった。とても可笑しな現象だ。オレは彼女に質問した時点でその答えを予想していた。肯定とも否定ともつかない返事も予期していたというのに、どういうわけか何も答えられず、が柔らかく微笑んだままこちらの表情をうかがっている様子を観察している。
の目はまっすぐ据えられ、動揺に揺らぐこともなければ嘘をついたと恥じることもない。自分の答えに自信を持っているのだと窺えた。愛していると、その言葉の不思議さにはまったく気付かずに音と意味とを勇気だと勘違いし、無遠慮なほどの無謀さで言い切っている。
人にとっては信じたい嘘が真実になる場合が多い。それは大抵の場合が自分の立場による虚勢だったり、都合あわせに過ぎない。こうならなければ可笑しい。そう感じさせるのは、答えが用意されているからだ。例えばこの場合は、彼女の「愛してる」がそれにあたる。
「クルル。言わせておいて、だんまりはないんじゃない?」
幸福そうというよりは、ぼんやりとあわない視線のままは笑う。品がある笑い方をしていて、口元には手が添えられている。完璧に淑女を演じきろうとしているのがわかった。自分の答えを証明するにはそれが当然であり必然であるように。快活に笑うの方が何倍も明るく表情豊かだったのに、今はラボの暗闇にさえ同化しそうなほど静かに消えていく灯火のようだった。
「悪いな…………」
「いいよ。けれど、そんなこと聞かれると思わなかった」
こちらに言わせれば、そんな答えが返ってきて尚且つ自分が返答に窮するとは思ってもみなかったのだが、クルルは何も言わなかった。
ラボの中はいつもとまったく変わらない独特の雰囲気を醸し出している。しかしそのはずなのに、クルルはどうしてか居心地が悪くて仕方なくなる。自分専用にしつらえた何もかもが、すべて気にさわる。肌で感じ取るように嫌悪感が募っていく。
「」
「なに?」
「……」
「だから、なに?」
「…………」
「…………どうしたの。クルル」
どうしたもこうしたも、ねぇよ。
首をかしげたは、相変わらずぼんやりとしたままこちらを見ている。大きな瞳に映る丸い自分と視線があって気味が悪かった。の目に映る自分は、今の彼女に匹敵するくらい可笑しいに違いなかった。けれどクルルは何度でも名前を呼ぶ。が答えてくれるのを何度でも待ちながら、ぼんやりとした声を聞く。
「、、…………」
「…………だいじょうぶだよ? わたしはもうどこにも行かないし、クルルの傍を離れない」
「、、…………」
「だって、ほら、愛しているから。こんなにも愛してたまらないから、あなたから離れない」
「、、…………」
「可笑しなクルル。…………それとも」
の声は焦点をまったく合わせないくせに、明瞭に響いた。闇と同化しそうなほど暗く笑いながら、それでも妖艶とは程遠い幼い笑みを残していた。
クルルは頭を抱える。たぶん、生まれて初めてひどく後悔をしながら。それなのには、ただ変わらずに微笑むのだ。
「それともこの返答プログラムはお気に召しませんでしたか。マスター?」
暗く響く声がラボの空気をどんどん混沌とさせていく。
二日前までは人であった彼女からその資格を奪った自分が後悔するのは、ただ深く愛していたからだ。それ以外に、理由はない。欲しくて欲しくてたまらずに、けれど奪えたのはの入れ物だけだった。もうここに、彼女はいない。
「…………あぁ、お気に召めさねぇな。教えてやるよ、はオレに『愛してる』なんて、死んでも言わない女だった」
吐き捨てるように言い放つと、は一瞬きょとんとしてそれからまた暗く笑った。
「本当に、可笑しなクルル。そう作り直したのはあなたなのに」
そうして一番の絶望を、クルルに叩きつける。
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