「睦実くんて、どのくらいの頻度でここに来るの?」


ラボに訪れるなり、は俺に聞く。俺はパソコンに向かって手を動かしながら――その不快な質問に、俺の動きが一瞬止まったことにこの女は気づいているのだろうか――気のない返事をした。


「さぁなぁ。アイツは気まぐれだからふらっと来て、ふらっと帰るぜぇ」
「そうなんだ」


それだけ聞いて、聞いたくせにまったく頓着しない。こういうところが読めない。
例えば日向夏美のようにミーハー丸出しで来られたほうがまだマシのようにさえ思えた


「なんだぁ? 会いたかったのかよ」


こちら側から仕掛けなければいけないなんて、億劫でしかない。それなのに、仕掛けなければ耐えられないのだからどうかしている。
は一瞬考えて、ふるふると首を振った。


「ううん、別に」


別に。それはコイツの口癖のようなものだ。曖昧でイラつく返し方。本人が理解しているかはわからない。


「別に、かい」
「……うん。ちょっとした、興味、かな? ほらやっぱり芸能人だしね」


が少し言い訳じみたことを言ったので、こちらの気分も晴れる。もっと気を遣うべきなのだとすら、思った。
くるりと振り向くと、はラボの中央でつったまま手持ち無沙汰にしている。


「芸能人ネェ」
「なぁに? わたしだって女の子だもん。芸能人に興味くらいありますよーだ」
「ほぉ? じゃあ、騒いだり恋したりするわけだ」


冗談やからかいのつもりだったのに、やけに責めるような口調になってしまったのはどうしてだったのだろう。はきょとんとして、もう一度さっきよりも長く首を振った。


「それはないよ」
「はぁ?」
「だって、恋は現実でするものでしょう? 芸能人は現実じゃないもの」


良くも悪くもテレビを通してみるものは虚像だと言って、は笑った。
俺はそんなの不意をつかれるような頭のよさに、少々面食らう。この世の女は馬鹿みたいな理想を芸能人に抱いていると思っていた。


「芸能人に恋をすることが悪いってわけじゃないけれど、だけどわたしは手の届く恋がしたいの」
「現実的な?」
「そう、現実的で一途な恋が」


一途。言われた瞬間に、ぞわっと寒気が走った自分は、細胞部分までひねくれているらしい。はそんな俺の様子に気づいたのか、一歩こちらに近づいて笑った。その笑顔が、やはりなぜか勘に触る。


「一途って言葉、嫌い?」
「……………………別に」


今度は俺が「別に」という番だった。別にそういうわけじゃないが、そういった言葉とは無縁なだけだ。という言葉をすべて集約している「別に」を。


「でもね、クルル」


が近づく。薄暗い中を、一歩一歩確かめるように踏みしめて。


「わたしは、こういうふうに」


の腕が伸びる。しっかりと、俺の頬をすべるように。


「………………触れられる人と、恋愛がしたいの」


俺の頬をすべる腕がかすかに震えているのを、見逃さないわけにはいかなかった。この女はやはりただの地球の女だ。日ごろ垣間見せる光るような知性も、ラボに恐れることなく入ってくるような勇気も、だからこれは俺と言うフィルターが見せている虚像でしかない。
触れられる距離にお前がいてくれてよかったなんて、言えるわけがないのだけれど。


「オレも、そういう恋愛のが好みだぜぇ」


オレの言葉に安堵して笑う、はやっぱり普通の女だった。それでこそ愛してやる価値ができるのだと、柄にもなく思って笑う。
は腕を放して恥ずかしそうに、彼女らしく呟いた。


「おかしいね。本当は、クルルたちのほうがよっぽど手が届かない存在なのに」


芸能人なんかより、宇宙人のほうがよっぽど現実味はないのに。
の言葉にもっともだと思ったオレは、同意をこめていつものように笑ってやった。

























あなたの答え、あなたが答え







(08.09.03)