apple of discord 
 

(その不和のリンゴを愛おしく思う)













それはよく晴れた、けれどそれ以上に普段と変わりない一日だった。
喉が渇いたと思って冬樹がリビングに下りてくると珍しく先客がいた。その先客というのは真っ赤な体を持つ伍長で、なぜ珍しいのかと言えば彼は常日頃外で生活しているからだ。馴れ合うことを嫌う彼が自分から部屋にあがってくることなど、本当に珍しい。
しかも、と冬樹は彼をしげしげと眺めながら思う。伍長はあのパタパタとなびく帽子に小型の機械をあてていた。いわゆるケータイだ、と思ったのは彼が会話をするにしては大きな声で言い合っていたからだった。伍長にケータイ、滅多にない組み合わせのオンパレードだ。


「だから、そんなことは気にせずさっさと来いと言っているだろう」
「…………」
「はぁ?地球の文化には習わなければって、お前はどうして変なところで気を回すんだ。そうやってぐだぐだとそこで考えている暇があったなら」
「…………」
「あぁ、あぁ!甘いものでも辛いものでも何でも大丈夫だ、あいつらは何でも喜ぶ!」
「…………」
「投げやりだと? お前、五分おきに電話されるこっちの身にもなってみろ…………!」
「…………」
「…………あぁ、わかった。ちゃんと言っておくから安心しておけ。緊張しすぎて変なものを壊すなよ!」


およそ会話になっていたのか怪しいやりとりを終えて、伍長は小型の機械を耳からはずした。本当に珍しいことに彼は冬樹がその場にいたこともわからなかったらしい。
「伍長?」と尋ねると大げさにびくりと肩を震わせて振り返った。その目は、どちらかというと彼のほうが緊張しているように見えた。


「伍長が電話なんて珍しいね。友達?」
「あ、あぁ。そうだな。そんなようなものだ」
「へぇ、でもその子もしかしたらここに来るの?」


冬樹はこう見えて推理の才能がある。伍長の発言は冬樹にこの家に来客がくることを教えているようなものだった。伍長は、気まずいように頬をかく。


「あぁ、悪い」
「別にいいよ。伍長の友達なら、大丈夫そうだし。でも甘いものでも辛いものでもっていうのは」
「いやそれはだな、あいつが宇宙デパートの菓子売り場で散々悩んでいるから出た言葉であって…………」
「いいよいいよ。でも律儀な子だね。お土産を用意するなんて」


多分どこかで地球の風習を調べたのだろう。人のお宅に伺うときは菓子折りのひとつでも持っていかなければと思ったのかもしれない。伍長はその子が褒められたことが嬉しいのか、「まぁな」なんて言って笑った。その笑い方におや、と思う。こんな笑い方をしただろうか、という笑みだった。
ぴんぽーん。呼び鈴が鳴り、来客がきたことを告げる。伍長と目をあわせ、彼はこれだというように頷いた。宇宙人と言うものは動きが迅速だ。
宇宙人が遊びにきます、だなんてちょっと前ならパニックものだったのに、今はこんなにも落ち着いているのが嘘のようだった。ノブを回し開いたと扉の向こうには菓子折りを持った宇宙人が、冬樹をびっくりしたように見つめていた。
この子のほうがびっくりしてるんじゃないか、と冬樹はあまりにも滑稽すぎて笑い出し「いらっしゃい」と言った。その宇宙人ははにかんで「お邪魔します」と頭を下げる。






















(09.05.29)