morning, noon, and night
(おわらないおわらないおわらない!!)
外の空気は濃い緑に包まれていて、それだけでも気分がよくなる。加えて、今日は清々しいほどの快晴だ。照り返しの強さに瞳を細めながら、隣の宇宙人――友人の部下、という立場ではあるけれど――を冬樹は見る。暑いけれど大丈夫、と問うと、問題ありません、と答えが返って来た。 「お気遣い、ありがとうございます」 「ううん。でもどこか行きたいところがあるの?」 観光がしたいと言われたのだけれど、冬樹は宇宙人が行きたいところなど検討もつかない。加えて彼女は仮にも女性に分類される。趣味や嗜好もまったく別物だろう。 はいささか考えるように空を仰いだあとに、デパート、と答えた。大きくて、あまり遠くなくて、何でも売っている場所はないですか。の抽象的な案は、近くのスーパーでも済ませられることかもしれなかった。けれど冬樹はそれでは申し訳なかったので、駅前まで繰り出すことにする。それでいいか了解を取ると、はいと頷いた。 「あの、冬樹さん」 「ん、どうしたの」 「お金はあるので、お会計はお任せしていいですか? わたし、あまり観光とかって得意じゃないんです」 おや、と思った。観光が得意ではない、というのは旅行下手ということだろう。けれどは観光がしたいと言った。それにさきほどの話では地球への渡航は療養をも兼ねていると言ってはいなかっただろうか。 「あ、身体が悪いの?」 「えぇと、違うんです。わたしが見たかったのは小隊のみんながどんなところで暮らしているかってことだから」 デパートは、ついでなんです。 買いたいものは確かにあるのだけれど、それは目的より離れてしまう『ついで』なのだとは説明する。なるほど、と冬樹は彼女の旅行下手を考えた。では案内するべき場所なんて決まってくる。 「じゃあ、デパートは最後にしましょうか」 「え?」 「それまで、軍曹たちが暮らしているこの町を案内しますから」 にっこりと笑えばはぱっと顔を明るくさせる。笑った方が映える造作の子だった。 それから冬樹はまず西澤邸に向かった。向かっていることを告げると桃華は車を用意してくれたので、歩いては辿りつけそうにない広大な屋敷内を歩かずに済んだ。は丁寧に頭を下げ、タママの話を熱心に聴く。出された紅茶とお菓子に目を輝かせて喜んで、『あまり話したことのない』タママについて、いろいろと質問をしていた。桃華も聞かれたことは細かに説明してくれたので、冬樹は隣で笑ったり合いの手を打ったりするだけでよかった。以前は自分が突撃兵だったとが言うと桃華もポールも目を丸くさせたが、なぜかすぐに納得した。あとから聞いたら、身のこなしが違ったから変だと思っていたらしい。さすが、格闘家だけある。 次に足を向けたのは中学校だった。夏美が部活の助っ人をしているはずで、にそれを説明するとぜひ見てみたいと頷く。ほどなくして見つかった夏美はバスケットの試合中で、豪快なダンクシュートを決めたところだった。我が姉ながらいつもパワフルだな、と冬樹は苦笑する。けれどしばらく静かに見ていれば視線に気づいたのか、ふと夏美がこちらを見た。その瞬間に、冬樹の隣にいる見知らぬ宇宙人らしきを見て固まる。彼女は仲間のパスを慌てて落としそうになり、ひどく狼狽したまま試合を続行した。それでも勝ってしまうのはやはり運動神経のなせるわざなのだろうか。快勝した夏美は仲間との喜び合いもそこそこに冬樹たちの元へまっすぐに向かってきた。しかしがすぐに自分の名前を名乗ったのとその対応の感じのよさにすぐに悪い人物ではないことを感じ取ったのか、ヒステリックに叫びだすことはしないでいてくれた。案内をしているんだと言ったら自分もいくから待っていてと夏美は言う。は礼を言った。 「さぁ、お待たせ! 次はどこに行く予定なの?」 次は睦実さんと待ち合わせをしていた。夏美はそれを聞くなり真っ赤になってうろたえて、どうでもいい心配ばかり――汗臭くないかな、火照ってたりしてないかな――して、を笑わせた。可愛らしい人ですね、とが感想を言ったけれど冬樹は曖昧に笑う。女性の言う可愛らしいの基準はどこにあるんだろう。 睦実さんはいつもと同じラフな格好をしていた。目を引く容貌のせいですぐに見つかり、は丁寧な礼を済ませてこちらもクルルについてたくさんの質問をした。そしてそれに一々答えてくれる睦実さんに驚いてもいた。なんでも、それだけクルルのことを知っているということがすごいらしい。睦実さんも興味深げにについていくつかの質問をしたけれど、はあまり具体的な返答をしなかったように思う。 四人で話し込んでいると東屋さんが――たぶん、偶然――通りがかった。最後に向かおうと思っていたので手間が省けた。東屋さんはドロロの同僚だというに彼女らしく明るく接してくれた。はゼロロ兵長がドロロに変わるまでをひどく聞きたがったので、東屋さんも話しこむ形になる。はいくら聞いても聞き足りないと言った感じに熱心に頷いたり、先を促したりした。彼女の横顔はとても真面目だったように思う。 「じゃあ、デパートに行こうか」 思いがけず人数が増えてしまった面々に言えば、は嬉しそうに「お手数をおかけします」と笑った。 それからの道すがら、誰かは忘れたがパーティをしようと声があがり、これも誰ともなく賛成の声があがった。はとても恐縮したのだが、これは夏美が了承したことで肩がつく。母である秋に早速電話で確認を取ると、彼女も今日は帰れそうだからぜひに会ってみたいとのことだった。一向はの買いたいものを案内する班と買出しをする班に分かれてデパートでの買い物を済ませた。もちろん帰る道すがら桃華には連絡をいれて、パーティのことを伝えると、彼女もぜひ参加したいと声を弾ませる。 なんだかブレーメンの音楽隊みたいになってしまった。旅を続けるほどに仲間が集まって、どんどん陽気になっていく。冬樹たちもそうだった。みんな大きな紙袋を抱えていたというのに、駅からの帰り道誰も不平を言わなかったし、常に誰かが話していたせいで気持ちがどこかに飛ばされていくことがない。は始終笑っていた。やっぱり、は笑うだけでひどく平和で優しげな顔になる。 「隊長たち、宿題は終わったでしょうか」 「あ、そっか。……でも、あれって24時間はきっちり開かないんじゃ」 「はい。でもきっと隊長なら」 くすくすと笑い出したは、平和で優しげな雰囲気に幸せなオーラまで加わっていた。驚くほど艶めいた笑みに、どくんと心臓が跳ねたほどだ。それから続いた言葉は、ひどく幸福でべたべたに甘かった。緑の濃い空気が、かすんでしまうほどに。 「きっと隊長ならパスワードがわかっちゃうと思うんです。わたし、駆け引きで勝てたことがないので」 じゃんけんだって勝った事がないんですよ、とは笑う。冬樹は彼女にあわせて微笑んだけれど、意識はもっと別のものを理解していた。にとって、ケロロは大事な誰かなのだ。友人とは別物の、家族より尊い、宇宙中を探しても一人しか見つからない、大事な誰か。 冬樹は、唇をきゅっとあげて笑った。 「さん、あなたに会えてよかった」 突然言ったに関わらず、は驚いたのもつかの間で、すぐに『わたしもです』と返事をする。ずっとお会いしたかった、と言ったは、ケロロを通して冬樹を見ていたのだろう。 ようやく、君が見えた気がした。 冬樹は微笑んで彼女に聞きたい山ほどの質問を――なぜ療養が必要なのか、どうして軍曹たちと別れることになったのか、なぜ彼らに会いにきたのに宿題なんてものを渡したのか――胸に秘めて口には出すまいと決意する。には何一つ聞かなくていいのだ。彼女は身一つで、それこそ魂のままにここにいるのだから。 家に戻ると彼女の言ったとおり軍曹たちはあの風船から脱出していた。彼女は呆れたように笑って、彼らから宿題を――ここが珍しい。軍曹たちはちゃんと宿題をこなしていたのだ――受け取って軽く目を通すと本部に時空転送した。 全員がうきうきとした面持ちでパーティの準備をし始める。ブレーメンの音楽隊みたいに無敵な僕たちは、時折本当に歌いながら、常に誰かと笑いあい、色とりどりの世界を作り上げていく。誰の誕生日でもない、記念日でもない、ただ友達がひとり増えただけのパーティは、だから誰もが平等に嬉しい。 正しく陽気になった僕に、軍曹がそっと耳打ちする。 「ありがとうであります。冬樹殿」 「え?」 「を案内してくれたでありましょう」 どうしたの軍曹、と聞こうとした僕は言葉を失う。軍曹の視線はに据えられ、その表情は今までに見たことのないほど落ち着いていたからだ。 「冬樹殿にを紹介できてよかったであります」 「うん。…………いい人だね」 「そうでありましょう。我輩、人生において妥協はしない主義でありますからして!」 いつものようにニカっと笑った軍曹は、もうすでに頼りにならない大人に戻ってしまったけれどを見ていたあの瞳が本当の彼なら大した役者だと思う。 こんなに複雑な人が相手だなんて大変ですねともしに言ったら彼女はなんて反応するだろう。考えて楽しくなった冬樹は、笑ってパーティの輪の中に加わった。 さぁ、夜はこれからだ!音楽を鳴らして歌いあい、泥棒は追い出して僕らの世界を始めよう! |