子供と言うのは、本当に順応性に優れている。賢い子なら尚更で、それは周囲に対するものだけではなく、周囲の人間に対しても言えるものだった。その人に合わせた態度というものが取れる子どもに、わたしも昔はなりたかった。子どもらしく振舞うことのできない不器用な子だったのでさぞ可愛くなかったと、自分で感じていた。 「お姉さん! ようやく会えたね!」 「そうだよ、そうだよ。あのひよこウサギが仕事を押し付けるから、こんなに遅くなっちゃった」 わぁわぁ言いながら部屋になだれ込んできた双子の兄妹に、わたしは頑張って微笑みながら「そうなの」と返事をした。エリオットはわたしのことをわかってくれるから、彼らのことをなるべき引き剥がそうとしてくれる。彼らは賢く、そして子どもらしく振舞うことに長けているので。 わたしは微笑んで、大人になっていくらか身についた誤魔化しのきく笑顔を作る。 「そんなに珍しいものじゃないし、急いでこなくてもよかったのに」 「そんなことないよ! お姉さんはハートの城のお姉さんみたいにちゃんと滞在先を決めないじゃないか。そうしたらずっとずっと、僕たちと一緒にいる時間は減るでしょう?!」 「そうだよ。兄妹の言うとおり、僕たちお姉さんと一緒にもっともっと遊びたいんだよ!」 「………そう、なの」 くらり、目眩がした。兄妹の経験の有無を問わず、彼らの捲くし立てる言葉には暴力的な強引さがある。この強引さが子どもの持っている特権なのだと双子は主張するが、まさにその通りだと思った。わたしはこんなふうに、誰かに何かを強要したりできなかったけれど。 「そうだよ! さぁ、何して遊ぶ?! カードもいいけど、町にくりだすのも悪くないね!」 「カードもいいけど、体がなまるから町で遊んでもいいなぁ」 「そうだね兄妹! さっきハートの城の兵隊が向かうのが見えたから、いい運動ができるかもしれないよ!」 「いい考えだね、兄妹。それなら僕らもお姉さんも退屈しないし、体だってなまらない」 「…………なまってもいいから、部屋でカードをしましょう」 体がなまるから、なんて理由で彼らに切り殺される兵隊さんたちが可哀想だ。 わたしは彼らのせいでだるくなった体を、うんと力を込めて奮い立たせた。こうでもしないと彼らの相手をするのは億劫なのだ。自分を慕ってくれる後輩なんていなかったからどう扱っていいものかわからないせいもある。 「えぇー?! お姉さん、僕らが弱くなってもいいって言うの?!」 「そうだよそうだよ。お姉さんのことを守れなくなってもいいって言うの?」 二人揃って両側からがっちりと挟まれ、わたしは身動きがとれなくなった。ディーは右腕を、ダムは左腕を持っているので、彼らの空いたほうの腕にはいつもの斧は握られてわたしの目の前で交差されている。まるで檻だ、と思った。それか、死刑を言い渡される前に似ている、と。 「そんなこと思ってない。ディーもダムも、わたしが心配する必要もないほど強いでしょう」 「そうじゃないよ、お姉さん! 僕らがなまることをお姉さんがいいって思ってることが問題なんだよ!」 「兄妹の言うとおりだよ。お姉さんは僕たちのこと、嫌いなの?」 話がトンと軽い音を立てるようにして飛躍した。わたしはその軽さに驚いて、目の前の斧以外見えなくなってしまう。 子どもらしく振舞う子どもが苦手? そんなのは子供じゃないだろう。 いつかのユリウスの言葉だった。わたしは帽子屋屋敷から戻ったところで、彼は相変わらず仏頂面で迎えてくれた。心底疲れたという表情をしながら感想をぽつぽつ漏らしているときに双子のことを思い出してそう言ったのだが、彼はさもわかっていますという風に断言した。それは子供じゃない。子どもの皮を被っているだけだ、と。 今もそうだ。彼らはわたしが彼ら自身を苦手としていることを知っている。知っていて、わかっていて、尋ねるのだ。キライなの、と。 「嫌いじゃない」 だからわたしも、大人ぶって余裕で逃げてみせる。嫌いじゃない、というのが好きに直結しないことなど、誰でも知っている。 「ディーやダムのことを、嫌いなわけがないでしょ」 「…………本当?」 「…………本当に? お姉さん」 笑っていない瞳は、けれどだからといって真剣なわけでもなかった。 嫌いじゃない理由の奥、もっと隠している本音を暴こうとしているのだ。ディーもダムも賢くて、それを上手に使いこなして子どもの振りをする。だから、いつかきっとわたしは、言わされてしまうんじゃないだろうかと思っていることがある。 「本当よ」 わたしの返事に、ディーもダムもにっこりと笑顔になってぎゅっと腕に抱きついた。温かくて、にぶい痛みが両腕に同じようにかけられる。わたしは彼らのその無邪気な様子だけは好きだったので、込められる力の種類には気付かないことにした。 子どもの皮を被っているのがディーやダムなら、わたしは大人の皮を被りきれなかった何か、なのかもしれない。 二人を苦手なのは、だからそういう自分に気づかされるからだった。この世界はわたしを留まらせようと口では言うくせに、過去のことばかり思い出させる。相反する矛盾も、ワンダーランドの魅力の一つなのかもしれない。 |
その矛盾はいつか君を奪う
(08.10.12)