ただの無意味な集会も、三度目ともなれば段々と飽きだす者もいるし中だるみしがちになってくる。意味がないことに要因があるのかもしれないが、そこは狂った世界の常套句―――だって本当に無意味なんですから、仕方ないんです――――それだけで割りきられてしまうのだから、煮え切らない世界だ。 その中でも煮え切らない部類に入るボリスとピアスも嫌々ながらに参加している。時折は眠りそうになりながら、たびたびはサボったりして、二人なりに真面目に出席しているつもりだった。 「あー…………だりぃな。集会なんて、ホント面倒」 「うんうん、そうだよね。会合ってホント面倒だ。面倒だけど、ナイトメアだって面倒なのにちゃんと司会してるんだから、出てあげないと可哀想だし………」 「はぁ? 本気で言ってんの? あれが司会って言えるのかよ」 「う…………。い、言えないかもしれないけど」 そこで強くフォローできないのが、ピアスであって、ナイトメアなのである。 常日頃から食べられると連呼して逃げ回るピアスも、集会のときとなればボリスと着かず離れず一緒にいることが多い。彼は彼なりに、「森」の参加者としてまとまっているつもりらしい。ボリスにそんな気はないのだが。 「本当に面倒だよなぁ。今回はもいないしさ。もう一回目からサボっちまうか」 「え?それは駄目だよ。せめて一回目くらいは出てよ」 「お前、俺のこと怖いくせによくもまぁ引き止めるよなぁ」 ボリスがまったくの意見を言って、ピアスが押され気味に「それはそうだけど」ともごもご言い訳をした。彼はボリスと二人きりでいるのも嫌なのだが、ここでひとりきりで「森」の代表をすることも気が引けているのだろう。まったく、面倒なネズミである。 ふと一方のテーブルがざわめき、どやどやと人が雪崩れ込んできた。これだけの人数を手下として構えるのはハートの城と帽子屋のどちらかだ。そして人々の黒いスーツの中にも極彩色の赤が混じっているのを見つけ、城のメンバーだと知れた。偉そうな女王様は今日も一段と濃いメイクを施し、遠目からも目鼻立ちが窺える。アリスとエースとペーターが続き、あとはメイドや兵士たちがきちんと並んだ。 ボリスはじろりと騎士であるエースを睨んだ。睨んだというよりは露骨な殺気をふりまく。あの騎士には、前会合で不快な思いをさせられた。の不在をまるで自分たちのせいだと言わんばかりに睨みつけられ、殺気をあてられた。あの騎士の殺気は気分が悪くなる。他のものより、特に。 「わわわっ。ボリス!騎士がこっち見てるよ!」 「あぁ? ガンつけてんだから、こっちみるだろ」 「いやいやいや!ガンつけてたの?!そんな怖いことしなくていいよ!だって勝たなくていいって言ってたし!」 「あのなぁ、お前。じゃあ、があんなやつにとられちまっていいわけ?」 存外面倒見のいいボリスが、ピアスに尋ねる。彼は押し黙って険しい表情になりながら首を振った。ピアスはなんとかすれば多少は腕がたつはずなのだが、生来の苛められっ子がたたって、この世界では最弱のように見られている。まぁ実際戦えばわからないのだが、とにかくやるときくらいはやってもらわねば困るのだ。 がエースに取られる、もしくは両思いになる確率は限りなく低い。ボリスの見た感じではお互い知人以上友人未満のようだった。しかし、引っ越しが終了してからというもの、あの騎士の素行は可笑しなものばかりだ。 「…………がこれ以上傷つかないといいんだけど」 呟いた声は、けれどピアスも反応しなかった。 その瞬間に、先ほどのハートの城の入場よりも大きなざわめきが部屋を満たしたからだ。いつもの不穏などよどよという反応ではなかった。まるで珍しく価値のあるものを見つけたような、驚愕と感嘆のない交ぜになった声の波。ボリスとピアスも遅れてそちらを見た。 しかし、二人とも驚きに目を見開いただけで、声が出せない。その先に居たのは、間違いなく帽子屋ファミリーだった。 ただ、の格好だけが目をひいた。 「…………なんだよ、アレ…………!」 「…………」 瞬間的に沸点に到達したのはボリスだ。ピアスはぼうっとなってを見ている。 は、ただ着飾っただけだというのならとても美しかった。結い込まれた髪は白黒のトランプマークのついた瀟洒なリボンで結ばれ、邪魔にならない程度の薔薇が飾られている。来ているのは漆黒のドレスで、挑発的に飾られた胸元の薔薇が毒々しいほど赤かった。スカート丈はくるぶしまでと長めのデザインなのだが、いかんせん太ももまでスリットが入ってるので意味はなく、ひらひらと波のように割れた場所から覗く網タイツに包まれた足がいかにも扇情的だった。どれもこれもブラッドと対になるように作られている、と見たもの全員が理解するほかにないデザイン。 加えて、はブラッドに手を引かれて入場したのだ。まるで自分のパートナーをお披露目に来たのだと言わんばかりに気を遣い、彼自身が椅子を引いて座らせた。 「ブラッド様が椅子を?」「あんな小娘に!!」「帽子屋はどうしたんだ…………?!」 顔なしの声はどれもこれも同じように聞き取りづらく、同じように畏怖に満ちていた。しかし会場だからなのか、エリオットも双子も動かない。ブラッドへの暴言など許さない彼らにしては珍しかった。 遠くで、アリスすら驚愕している。ボリスは冷静に観察し、これは本当に由々しき事態なのだと悟った。あのが、執着することを誰よりも恐れている彼女があんなふうに誰かのものであることを主張されて嬉しいはずがない。 それに、とボリスは思う。それにはずっと俯いたままだった。瞳を伏せ、多くを見ないようにしている。感情をなくしたような、顔。 「…………おい、ピアス。お前、仮にもあそこのマフィアだろ。何か知らないのかよ」 「え? …………お、俺、家出してるからよくわかんない」 「本当に使えないヤツだな。ま、最初から期待なんてしてなかったけど」 肩を竦め、ボリスはじっとを見つめる。時折、ブラッドがに何か囁きかけた。は反応するように薄く微笑んだり返答していたように見えたが、そのどれもが常の彼女ではないように見えた。 ――――――――本物の、マフィアの女みたいだ。 真っ黒な手袋―――これも手首の部分がトランプ模様だった――――を、口元にあてて笑うは、どこかの淑女のようだった。アリスにもうちょっとマナーを学んだ方がいいと言われていた彼女ではない。 ピアスはまだぼうっとしている。取り付かれたように見つめる眼差しは羨望だ。 「…………俺、難しいことよくわかんないけど…………、すごく綺麗だ」 そうだ。一番の問題はそこだった。はその服装に負けず美しかった。帽子屋のスーツと対になるようなデザインなのだから破天荒極まりないそれに、けれど彼女は負けていなかった。迫力勝ちだ。メイク係がいいのかもしれないが、きつすぎないメイクは彼女の美しさを高めていた。 まるで非がなくなったは、ブラッドの隣でも充分見栄えしてしまう。 ボリスは舌打ちをしたくなる。が誰の手にも渡らないことは、すでに暗黙の了解になっていたはずなのに、なんだって帽子屋が―――面倒くさくとも無闇にルールを破らなかったあの男が―――あからさまに波風をたてるような真似をしたのだろうか。エースに続き、まさか帽子屋まで狂ったとしたらもう誰の手にも負えないだろう。 部屋は依然として騒然としていたので、収拾がつかないありさまだった。ナイトメアもグレイも、この事態を飲み込めない。もう会合の開始時間は随分過ぎている。 |
避けては通れぬ夜が、たったいま始まる
(08.12.13)