抗争はすぐに始まった。ブラッドが制したところでエリオットはすでに頭に血が上っていたし、押さえつけられていた双子の鬱憤も最高潮に達していたのだろう。大振りな銃の発砲音が広い室内に響き渡り、女の悲鳴が―――決して女王のものではない、顔なしの女だ―――続く。ブラッドのファミリー全体が敵であるエース及び城の面々と対峙する形になるのに数分も必要なかった。ただ、その間にもブラッドは狂ったように斬り込んでくるエースの相手をしていたためにそれ以外の指示を出すことが出来ない。 広いとは言っても室内であるために、エースとブラッドの間には誰も入れなかった。エリオットが発砲すればどちらに当たるかなど時の運であるし、双子が参加しても邪魔にしかならない。必然、エリオットは残る城の面々を相手にする形になり、双子たちは嬉々として兵隊たちに斬りかかった。元々堪え性のない性格であるビバルディは、命令もしていない騎士の奇行にうんざりはしたものの向けられた敵意には穏やかでいられるわけがなく、すぐさま応戦させた。キングが自然に―――いくらか若くなっていたことも手伝ったのか―――指示の邪魔にならない程度前に立ち、ビバルディの壁になる。 「…………貴様は、何がしたいんだ」 「俺のしたいこと? はは! さっき言ったじゃないか」 周りで耳をつんざくような音の嵐―――発砲音に破裂音、そして鋼のぶつかり合う音―――がしている。それでもエースは暗い笑みを崩すことはない。流れるように繰り出される剣戟に、愛用の杖が悲鳴をあげた。 「死んでくれよ。帽子屋さんはを惑わせすぎるぜ」 「ふん…………時計屋のためか」 「そう。それと俺のため。…………の傍って居心地がいいだろ?」 がんがんと防戦を繰り返す剣が煌いて一々癪に障る。 エースは日常会話の延長のような口調で、けれど決して込める力を緩めたりしない。ブラッドは狭い間合いのせいで得意の銃火器がつかえない。このまま続ければ分が悪い方など目に見えていた。 けれど、ブラッドも会話を止めようとはしない。 「ではなぜ手放した? 時計屋のものになっていなかった為には弾かれた。お前が守るのは筋違いだろう」 「…………あぁ、そのことか。ユリウスは素直じゃないんだ。もちろん、も」 一際大きく振りかざれた剣がぶつかり、二人の間合いが一瞬広がる。 交わされた双眸が、あまりにも自由に笑った。 「を見てたらわかったろ? は優しいヤツが好きなんだよ。例えば帽子屋さんとこのウサギさんとか」 隙をついてエリオットの銃がエースを狙ったが、うっすら笑っただけで彼にはかすりもしなかった。エースはすいと視線を移動させ、ついさっき会議室に到着したグレイを見つける。 「あるいは真面目なトカゲさんとかね。…………が他の滞在先のヤツラの話をするとき、ユリウスはすごく不機嫌になるんだ。自分で話を促してるくせにさ」 ククッと喉を鳴らしたエースは、目の奥をひどく暗澹とさせていた。動きばかりが溌剌としているくせに、振るう力は凶暴な負の力だ。 「それに断っておくとユリウスはを手放したわけじゃない。そうだなぁ…………上手く説明できないけど、放し飼い、っていうのかな」 瞬間、怒りが沸点に達したのはブラッドだった。防戦一方だった体勢から、姿勢を低くしたまま深く斬り込む。言われた意味にひどくを侮辱された気がした。 「おっと! あれ、帽子屋さん怒った?」 「…………」 「はは。怒ってるね。さっきよりよっぽど強いや。…………は随分愛されてたんだなぁ」 軽口を叩きながらエースは応戦する。エースの言い方は何から何まですべて気に入らなかった。まるでユリウスはのすべてを掌握していたからわざと自由にさせていたような言い方だ。結局自分の元に帰ってくるとわかっていたから、どこにでも行かせた。どこでどんなやつに会おうと心魅かれようと帰ってくるとわかっていたなんて、あの皮肉屋にありえるのだろうか。 それに、とブラッドは思う。 「…………質問するが、じゃあどうしては時計屋がいないことを悲しまない? 別れたことを平然と受けている?」 は時計屋に会いたいようなそぶりを見せることなどなかった。懐かしい友人だと微笑むことはあるが、焦がれるような仕草を見せたことなどない。それがブラッドに対する建前であった可能性をのぞいたとしても、彼女はユリウスに特別な感情を抱いているように見えなかった。 エースは声をたてて笑った。あまりにも空っぽな笑いが、不快感を煽る。 「無自覚なんだよ。…………それに、悲しまないんじゃなくて」 悲しむ必要なんてないんだ。 立て続けに鳴り響いたマシンガンの連射にかき消されたが、エースは確かにそう言った。 エースの言葉はとユリウスが永遠に結ばれているような不可侵さを表そうとしているようで、まるで要領を得ない。エースにとってもユリウスもそれだけ絶対的な何かだったのだ。まぎれもない執着を見せながら、けれどエースは彼自身がどうしてを必要とするのかを語らない。 ブラッドは杖を握りしめ、目の前の男の異常性を見極めようとする。エースの言葉には少なくともに関する何らかの真実がまぎれているはずで、虚実と妄想を取り除き真実だけを得るためにはもっと会話を引き出さなければいけない。 そもそもさえも無自覚だとする想いに関して、エースがここまではっきりとユリウスに対する思慕を断言できる理由がわからない。 「エース!」 騒々しい音のすべてを遮って軽やかな声が聞こえたとき、ブラッドは初め耳を疑った。この場所に来るはずのない、来るべきではない人物の声だったからだ。喧騒が遠のき、彼女を探し出すために五感が働く。 「!」 開け放ったばかりの扉の前に呆然と立ちすくむ彼女を見つけたとき、すでにブラッドはエースを見ていなかった。何の準備もせずにこんな場所に入ってきて危険がないわけがない。 ブラッドには聞こえたの声が広い室内で起こっている殺し合い中の部下たちに届くわけがなかった。の顔色はまったく色を持たず、白すぎる。けれどそう確認した直後、彼女に閃く白刃が振り下ろされた。突如近づいた男の行動にはただ驚いて目を見開くだけだ。 「クソ!」 杖を回転させマシンガンにし、ブラッドはその男を狙ったが間に合わないことなど火を見るよりも明らかだった。遅い、と舌打ち交じりに引き金に手をかけた瞬間、狙った男の体が吹っ飛んだ。力任せに斬りつけられた男は壁に叩きつけられ、動かなくなる。 いつのまに移動したのか、の前にはエースがいた。男に振り下ろした剣をそのままの格好で、庇うように彼女を背後に押し込めながら。 「…………危ないなぁ。は本当に狙われやすい」 「エース」 放心したようには名前を呼ぶ。騒然としていた部屋の中が徐々に収まっていくのがわかった。役持ちたちが突然現れたに注目しているせいだ。それに、エースが彼女の前から動かない。彼女に背を向け周囲を見ながら、その殺伐とした空気だけはそのままにして。 「やっと見つけたよ、。てっきり帽子屋さんと一緒にいるんだと思ってた。…………もしそうなら、目の前で殺してあげたかったんだけど」 「エース」 「は弱いからさ。俺やユリウスはいつも心配なんだ。…………押されたら流されっぱなしだろ? 今はユリウスがいないんだから、友人の俺が助けなくちゃいけない」 「えー、す」 「コイツラ全部から守ってあげるよ。君に必要なのはユリウスで、それ以外は不必要だ。引っ越しで弾かれたけどすぐ会えるよ。時はめぐるものだから―――――」 「…………」 何度呼んでもエースは返事をしない。まるでの声など無視しているように、いつもの調子で―――それなのにひどく落ち着かない様子で―――語りかける。 ブラッドはその様子を奇妙な風景だと思った。エースはを守るという。守る力も凶暴さも、もちろんエースは兼ね備えているというのに、の瞳をまっすぐに見ようともしない。言葉数が多いのは怯えているようにさえ見えた。 エースの体の後ろにいるの表情がみるみる内に暗くなり、やがて諦めたような顔になった。まるでもう最初からわかっていたかのように、彼女は自然な動作でポケットに手を突っ込む。 「手始めに誰を殺そうか。リクエストがあれば答えるぜ。俺は女性に優しい騎士だし、今は君だけの――――」 「エース」 彼の背後にいるせいで籠った声は、すでに必死ではなくなっていた。ただ悲しそうな声は、つい先ほどまで殺し合いが行われていた場所だとは思えないほど静かになった場所によく響く。を無視し続けていたエースの顔が強張り、一種の無表情になったことにブラッドは気付く。その後ろでが、諦めたように悲しげな顔をした。 「…………その銃で」 ぼんやりとエースが言葉を紡ぐのが、まるで無音映画みたいだった。 「俺を殺す? …………」 服の上から押し付けるようにして銃口を向けられたエースは、緊迫感のない声で尋ねた。 |
周到にも舞台は嵐
(09.07.20)