誰かに呼ばれた気がしたから、目が覚めた。



「あら、起きたの。ギロロ」



畳の上、目だけを開けた俺にそう声をかけたのは だった。彼女は珍しく着物なんか着て、ご丁寧に正座をし、何をしていたかわからないが背筋を伸ばし俺をまっすぐに見ていた。俺はと言えばだらしなく寝転んでいるだけ。何がどうしてこうなった?


「ここは…………どこだ?」


覚醒し切らない頭でそう訊いた。和室に灯る明かりは の前にある一本の蝋燭だけで、それがぼんやりと彼女を浮かび上がらせている。その様はなんだか綺麗で恐ろしくて、落とす影に視線をそらした。


「忘れちゃったの?ギロロは怖くて寝ちゃったんだよ」
「怖くて…………?」
「そう。皆で始めたじゃない、百物語」


その言葉を聞いた途端にひやりと背筋が凍った。
百物語。そうだ、そんなものを始めたのだ。誰がやろうと言ったのかは定かではないが、唐突に提案されたその遊びは実行に移され、俺はここで気絶した。眠る前の記憶はあやふやだが、怖いことなど覚えていたくない。その意味では救われたのか。



「そうか…………お前は俺を待っていたのか?」
「えぇ」
「悪いことをしたな。皆はもう寝たのだろう。俺たちも引き上げ」
「ねぇ、ギロロ。百物語の意味って知ってる?」



突然、 がそう尋ねた。驚いて見れば、彼女はいつもと変わらず微笑んで俺を見ていた。ただその微笑みはただの人形のように冷たく、作り物めいていた。



「いや…………」
「ただの肝試しなんだよ。百個お話をしたら奇怪なことが起きるとか言われてるけど、昔は九十九個でやめていたみたい。何か起こっちゃかなわないものね。お話が終われば蝋燭を吹き消すのだって、デモンストレーション、一種の儀式、要はお遊びなの」



くるくると、着物の袖を引いては返し は笑う。俺はその様子に目を奪われながら、急激に冷えていく自分の足元に恐怖を感じていた。ただでさえ怖い話やお化けの類が苦手だという自覚がある。それを も知っているはずだ。しかし蝋燭の炎に映し出される陰影に色取られる彼女は話をやめようとしない。額に汗が浮く。どうにか状況を把握しようと視線をあげると、その場で唯一動くものを見つけた。時計。日向家の居間にある。針が動いて時間を知らせる。しかし次の瞬間、完全に沈黙した。



「ギロロ」



が俺を呼ぶ。彼女はいつのまにか蝋燭を持ち上げ、俺の傍に来ていた。衣擦れの音も気配も漂わせず、彼女は相変わらず能面のように貼り付けた笑みを浮かべて俺を見る。
蝋燭の炎に焼かれそうだ。



「わたしが最後なの。最後なのに、皆どっか行っちゃった」
「は…………」
「困ってたの。わたしで最後なのに、誰も聞いてくれる人がいないから。でもよかった、ギロロがいた。起きるの待っててよかったわ」



嬉しそうに話しているはずなのに、彼女の声は少しも弾んでやしなかった。ただ淡々と気持ちも込めずに言われた言葉は恐ろしく不愉快だ。どうにか彼女から視線を外そうとする。ふと、 の着物がふわりと波打った。風などないのに。めくれた着物、その先にあったのは。



「聞いて、ギロロ。…………わたしの足、取られちゃった」



誰も居ない部屋、止まった時計、揺れる蝋燭、足のない彼女。
満足そうに笑う が、最後の蝋燭を吹き消した。

 

 

 

 

 



(06.11.25)ホラーに挑戦。なんかやっちゃった感がある。