縁側で小さな箱に話しかける
を見つけたのは、昼を少し過ぎた頃だった。陽光を浴びて暖かそうに寝転ぶ
は腹ばいになって、その箱に向かって手を伸ばしている。ちょうどやることもなかったギロロは彼女の後ろからそれを覗き込む。そうしてから、あぁ、と納得した。
「のーとぱそこん、というヤツか」
「おわ、ギロロっ。いたのっ」
肩の辺りからびくりと震えて、こちらを凝視する
。よっぽど驚いたのか、パソコンの変な場所を押してしまったのだろう。ビーっと警告音が鳴る。ギロロはそんなことは気にせず横になったままの
のパソコンをしげしげと眺めた。
「お前のか?」
「うん。小型で薄型、最新だよ〜。お父さんに買ってもらっちゃった!」
「ふん。俺にはその良し悪しはわからんな。大体、何に使うんだ?」
「んー。必要な情報を手軽に探し出す〜ってのが、大本だけど。わたしはもっぱら趣味に活用してるよ。ほら、同じものを趣味にしてる人のサイトにいったり、そういう人とお友達になるのって楽しいじゃない」
「…………聞かれてもわからん。というか、顔も見えない付き合いなど信用できるのか?」
「うわー。ギロロ伍長ってば疑り深いっ!人間はまず信じることから始まるんだよ?キリスト様だって信じれば救われるって説いてるし、隣人愛で世界は平和になるんだから、顔の見えない人を信用出来ないわけないの」
「き、きりすと…………?」
勢い良くまくし立てる
にギロロは首を捻るばかりだった。ギロロはことインターネットや電子系には弱い。その中でたくさんの人々が話しあってるなんて、馬鹿げた繰り言だと思っている彼にはそこで作る友人も幻想以外の何者でもないのだろう。
はそんなギロロにパソコンの良さをわかってもらうことは諦めることにした。また画面に向かい、キーボードを見ながらカタカタと打ちだす。
「今は何をしてるんだ?」
「んー。これはメールだよ」
「メールはわかる?」と見上げてくる
に「それくらいわかる」とギロロは胸を張る。
「意思伝達の手段だろう。本部でも使っていた」
「ギロロが?」
「俺が使っちゃ悪いのか。…………まぁ、受信専門ではあったがな」
「うふふ。やっぱり」
「五月蝿い。笑うな。…………だが、今日は休日だろう。会いに行ったほうが早いのではないか?」
当たり前のことのようにギロロは尋ねる。彼の言うとおり、今日は休日だった。しかも天気は快晴、風は微風、お洗濯を干すなら今日を逃す手はないとケロロが言っていたが、本当に気持ちがいい日だ。ここでごろごろとしているのならば、出かけていったほうが随分有意義に思えた。
「会いに行く方が早いってのは、賢い意見だね。ギロロ」
「そうだろう」
「だけど本人が嫌がってるんじゃ、行っても門前払い食らうのがオチだし〜」
「なんだ。喧嘩でもしたのか。それとも引きこもりというヤツか」
「後者。このメール見てよ」
そう言って傾けられた画面に映る文章にギロロは瞳を近づける。そこには無機質な字体で短い文章が並んでいた。こんなに短い文章なら電話でもしていろ、と苦情を受けてもおかしくないほど。
『どっかいこ』
『却下。気分じゃない』
『外はすっごく気分がいいよ!快晴だし!』
『午後からは降水確率30%だってなぁ』
『なによ、30%くらい!いーでしょー行こうよー』
『賛成の反対〜』
『古っ。しかも笑えないっ』
『うるせぇよ。一人で行ってろ』
『意地悪っ!モグラになっちゃうよ!』
『知ってるかぁ?モグラは泳げるんだぜぇ』
『うそっ!本当?!かーわいー!』
『お前の感性がわからねぇ』
『可愛いじゃん!じゃあ、そうだ!泳ぎにいこうよ』
『てめぇ、あくまでオレをモグラにしようとしてんな』
「…………」
「どう?ひどいでしょー」
どう、と言われても。ギロロはぎこちなく首をかしげた。このメールのやり取りからわかったことは、相手は極度の出不精でモグラは意外と泳ぎが上手いということくらいだ。しかもその相手に心当たりがあるギロロにとっては、もう関わりたくない出来事になりつつある。この光景もそのモグラに見られている(見張られている)に違いない。
「…………
」
「まったく、まだモグラのが愛嬌あるっての。あ、なに?」
「俺はそろそろ行く。メールを返せ。邪魔して悪かった」
「何その棒読み!!えーギロロ行っちゃうのー。こんなモグラ放っておいて、どっか行こうよー」
「ばっ!お前そんな大きな声で!!」
立ち去ろうとしたギロロが振り向いて
の口を塞ごうとするが、もう時すでに遅し。
彼女の言うモグラ(黄色)が、そこに居た。
「クーックックッ!楽しそうだなぁ、お二人さん」
「クルル!」
「うわぉ!なんでケロン人は後ろから来るかな!」
が今度は立ち上がって驚く。クルルはいつもの嫌味な笑いをいつもより二割ほど低くしていた。その意味に気付くのは、この場ではギロロ一人である。
「
」
「なによー。黄色いモグラさん」
「クーックックッ!いい根性だなぁ。せっかく迎えにきてやったってのによ」
「えっ!やたー!」
がぱっと表情を変える。ギロロはその横で安堵の息をついた。これ以上、場が拗れるのは彼としても本位ではない。むしろ迷惑だ。
それから
はうきうきとクルルのフライングボードに乗り込み、ギロロに手を振って飛んでいった。彼女の素直さとは裏腹に、なぜかクルルは機嫌が悪かったがそれは見なかったことにしよう。
しかし彼らが去り、ようやく解放されたギロロがテントに戻ろうとしたとき高い鈴の音が鳴った。
「めーる受信?」
見れば
の置いていったパソコンが開きっぱなしである。近づいてみれば、黄色いアイコンが自分を押せと主張していた。その渦巻きに嫌な予感を感じつつも、ギロロはそれをクリックする。
『人のものに手を出すときは、一声かけな。それが礼儀ってもんだぜ、センパイ』
やっぱり見るんじゃなかったと、ギロロは頭を抱えた。