日本のどこか、比較的発達した都市の、何の変哲もない住宅の地下では、今日も地球外生命体(UMA)が可愛らしい膝を付き合わせて地球侵略会議なるものを開いている。 徹夜明けのような顔色をして(実際体色は緑なのでよくわからない)指揮をとるカエルはちゃぶ台をコツコツと指で弾いた。
「でさ、ぶっちゃけ、女の子って何が喜ぶんでありますか?」
その隣、赤い色をしたカエルはその言葉に飲みかけた茶をむせた。大きな瞳を更に大きくさせている。
「はぁ?ケロロ、貴様一体何の話をしている?!」
彼が怒るのも仕方がない。例え彼が誰もが認める短気であっても、大事な会議をいきなりぶち壊すこの言動は不可解極まりないことだろう。しかも当の本人であるケロロは悪びれるでもなく、不貞腐れたように肘をついて明後日の方向を見ている。
「だってさー。我輩だって自分自身の力で調べようとしたんでありますよ?ネットで検索かけたり、夏美殿に決死の覚悟で聞きに行ったり……。でもわかったのは、ブランド品は高くて手が出ないし可愛い服を買おうにも相手の趣味を知らないし、香水もアクセサリーもピンと来ないものばかりっつーことだけ。夏美殿に至っては、『心が籠ってればいいんじゃない?』となんとも投げやりでありふれた回答しかもらえず、まったく役に立たない始末。これじゃ、会議の議題にもしたくなるってもんでありますよ」 「お、お前、夏美のことをそんな…………」 「心が籠ってれば何を送ってもいいのでありますか?例えば我輩の愛の詰まりまくったガンプラを!!リボンで包んで丁重に渡すのはさぞ気持ちがいいのでありましょうが、もらった相手がそのガンプラの歴史も知らずに眺める玩具としてしまうのはあまりにも寂しいっしょ。ギロロだって、贈った銃が手入れもされずに錆び付いたら文句の一つも言いたくなっちゃうかもしんないし〜」 「そ、それはそうかもしれんが…………」
へたり、とケロロがちゃぶ台に頭をのせて倒れこむ。よほど考え込んで疲れたのか、ぐったりとしている様子は少々怒りづらいものがある。いつものようにギロロ伍長が言い負かすのを待っていた他の隊員は、この光景に少なからず驚いているようだった。ギロロ伍長が侵略会議で言い負けたこともそうだが、それだけケロロが真面目に考え込んでいるという行為が珍しい。
「あのー軍曹さん?女の子が喜ぶものが知りたいんですかぁ?」 「タママ二等。そうであります。我輩、地球の女性が総じて喜ぶものを知りたいんであります」 「それなら簡単ですよぉ。モモッチがいっつも言ってるもん」
片手に抱えたお菓子の袋からスナックを取り出す黒いカエルはにっこりと笑ってそう言った。その言葉にぴくりと反応して、顔をあげるケロロ。
「そ、それは何なんでありますか?まさか、お菓子とか…………?」 「違いますよぅ。お菓子はそりゃ、全世界の人が好きですけどぉ。女の子が喜ぶものは、そんなんじゃないんですぅ」 「おぉっ!さっすがタママ!伊達に桃華殿と住んでないっ!」 「えっへん。軍曹さんに褒められちゃいました〜」 「そりでそりで?その喜ぶものとはっ?!」
にじり寄る勢いで迫るケロロの勢いに気圧されたように、タママはちょっと体を引く。何が彼をそこまで駆り立てるのかわからないが、この位置は暑苦しい。さっさと答えたほうがよさそうだ。
「『好きな人の笑顔』ですぅ」 「…………は?」 「モモッチは〜フッキーが笑ってくれるたびに嬉しいって飛び跳ねますよぉ。そりゃもうパーティでも開くのかってくらいのお祝いぶりですぅ」
にこにこと答えるタママに、ケロロはあんぐりと口をあける。彼としてはもっとこう、形になるものを期待していたに違いない。心、なんて曖昧なものを否定したのがいい証拠だ。けれどまた出てきた答えも、形のない曖昧なものだった。
「え、笑顔でありますかー。なんかそれ、普通じゃね?」 「えー?あの喜びようを軍曹さんは見ていないからそんなこと言えるんですよぅ!西澤家ではモモッチがフッキーを笑わせられるように、あらゆる会話パターンが日夜研究されているんですぅ」 「そ、そおなんだ…………いや、でもしかしそれは極端な例であって…………」 「そうかぁ?極端とも言いがたいんじゃねぇの?」
それまで傍観していた黄色いカエルが呟いた。いつものようにパソコンに向かいながら、嫌味な笑いを浮かべてカタカタとキーを叩く。
「隊長は女が喜ぶもんを知りてぇんだろ。しかも大半の女が当てはまってハズレのねぇもん。つったら、やっぱりそういうもんになっちまうだろうさ」 「クルル曹長」 「女の種類によって違うし、物を貰うのが一番つーヤツも確かにいるだろうよ。ケロンみたいな現実主義じゃそうは行かないが、地球では未だに男も女も好きなヤツの笑顔で癒される。歌でもあるだろ、愛されるより愛したい〜ってよ」 「そう言われるとそうなんでありますかなぁ。でもさぁ、それってやっぱり本人に聞かなきゃ駄目っしょー」
ふぅと、ため息を付くケロロ。どうやら秘密裏に用意して驚かす作戦のようだった。ケロロのサプライズ好きをよく理解している小隊メンバーは、心の中で彼よりも数倍重いため息をつく。
「あ、そうであります!我輩閃いちゃった!!」 「うわぁ、軍曹さん、何ですかー?」 「ふふふっ!要は本人に知られずに好きな相手を知ることが出来ればいいのであります!そーこで必要なのはドロロ君、君だ!」
びしり、と今まで話を聞き入っていた(参加できなかった)青いカエルに指を突きつけてケロロが叫ぶ。青いカエルは嫌な予感に、明らかに表情を引きつらせた。
「な、なに…………?」 「いやーやっぱりこういうとき役にたってくれてこそのアサシンであります!我輩、ドロロと友達でよかったでありますよー」 「いや、別にこういうときの訓練は受けてないけど…………」 「謙遜はいいであります。ドロロにしてほしいことはただ一つ!読心鬼属で、
殿の心を覗いてほしいのでありますっ!!」
叫んだ声と同時に冷風が小隊の間を駆け抜けたのは言うまでもない。あまりにもお粗末な作戦に誰もが声もでない。ケロロだけは期待いっぱい夢いっぱいの目でドロロを見るが、彼がそれをしないであろうことは他の隊員全員が理解していた。
「ごめん、ケロロ君!」 「え、ドロロー?!」
その期待のまなざしに耐えられなかったドロロはお馴染みの煙幕を使ってその場から逃げ出した。ぶわっと広がった煙が引いたころには彼はそこにはおらず、代わりにひらりと舞い落ちるハガキが一通。達筆な字で書かれた字はドロロらしい。
『人の心を無断に覗き見るのは卑怯でござるよ』
正論中の正論である。人の心を盗み見ることが出来る彼がそう言うのは説得力に欠ける気がしたが、正論なのだから反論も出来ない。 ハガキを握り締め、ケロロはうな垂れる。それから、天に向かって吠えた。
「だったらどうお祝いすりゃいいんでありますかー!!誕生日は明日だってのに!」
「「「「明日ぁ?!」」」」
小隊全員がその言葉を聞き漏らさずに(ドロロに至っては天井から顔を出し)総立ちになる。ケロロは慌てて口を押さえた。どうやら彼は一人でお祝いするつもりだったらしい。最後まで上手くいったことのない彼の作戦はどうやら今回も上手くいかなかったのだ。 隊員たちになじられながら、彼は仕方なく全員で彼女に会いに行く。そうして結局タママの意見どおりに、彼女の前で作戦を実行するのだ。
日本のどこか、比較的発達した都市の、何の変哲もない住宅で、地球外生命体(UMA)であるカエルたちが、一人の女の子に伝える言葉に女の子は笑顔でお礼を言う。
小隊のお話。大好きってことが伝わればいい。
(06.11.16)
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