宇宙の端、ケロン軍の宇宙船の中で任務を終えくつろぐクルーたちに召集がかけられたのは突然のことだった。全員が会議室に急ぎ足で駆け込む中、彼らを呼び出した上司であるガルルは神妙な面持ちで全員の顔を見渡す。そして先ほど、星間通信によりある人物から入電があったことを知らせた。全員が息を飲む。通信が中尉に来たということは、新たな作戦や任務に違いなかった。しかもガルルは直立不動に構え、少しも動作に余念がない。大変な任務かもしれない………全員の心に一抹の不安と武者震いが起こった。ガルルはそんな部下の心が落ち着くまで十分な間を持たせ、そして彼らに今回のミッション内容を告げた。
バースディパーティに招待された、と。










「まったく、ガルル中尉も人が悪いっすよ〜。あんな真面目な顔されたら誰でも重要な任務だって思うじゃないっすか」


コクピット内、全員が集まり進路を確認する中でタルルはやれやれと肩を落とした。結局あの後、タルルたちはガルルの無駄な溜めにより一気に気が抜けてしまい、彼に事情を聞くのも一苦労だった。星間通信をしてきた人物というのはガルルの実弟であるギロロ伍長であり、 の誕生日会に出ないか、というお誘いだったらしい。ちょうど都合よく任務を終えていた帰路であったし、部下の息抜きにその提案を受けようと思い立ったガルルであったがそこまではよかった。だが、真面目な上司が背筋を伸ばし集合をかけているような場面で、まさかバースディパーティに招待された、なんて言葉を聞くことになるとは小隊メンバーにしてみれば夢にも思わないだろう。メンバーはドリフも驚くぐらいのコケっぷりを披露する結果となった。



「そうですよ、ガルル中尉。あれじゃ、緊張しちゃいます」
「プルル看護長」
「プププ〜。無駄に肩凝っちゃったヨ。次からはもっと気楽〜に伝えてほしいよネ」



全員が定位置に付き、思い出したようにため息をついた。それに少しも悪びれずにガルルは「悪かった」と謝る。彼はこういうときの機微も少ない。


「だが、私も少々考えごとをしていたのでな。多少、表情に余裕がなかった」
「考え事?なにを考えていたんです?」
「うむ…………彼女に何を贈呈するべきか、とな」


神妙な顔しながら、腕を組むガルルは真剣そのものだった。何しろ突然のお呼ばれだったので全員が充分な準備が出来たとは言えない。各自、思いついたものをケロン星から時空転送したり作成したり…………と、ここに集まるまで奔走していたのだ。


「オレも迷ったっすよ。何しろ地球では何が流行ってんのかわかんねーんすもん」
「あら。でも ちゃんはそんなこと気にしないと思うわ。心を込めた贈り物なら、何でも嬉しいものだし」
「プププ〜。プルルはわかってないねェ。男が考えるとそーいうもんに限って出てこないんだヨ」
「うむ。女性に対して失礼があってはいけない。何事も慎重にことを運ばなければ」


男性陣の意見に、プルル看護長だけはそうかしら?と首を傾げる。話に加わらないゾルル兵長を盗み見るとどうやら聞いていないわけではなさそうだった。


「じゃ、ガルル中尉は何を用意したんですか?」
「私か?私は、迷ったのだがどうにも思い浮かばなくてな。スタンダードに行くことにした」


ぱちりと指を鳴らせば、ガルル中尉の手元に小さな箱が現れる。縦長の筆箱ほどの大きさの箱には可愛らしいピンクのリボンが巻かれている。


「ネックレスだ。珍しい原石を使いたかったのだが、変に高級なものを贈れば彼女に危害が及びかねん。よって、地球では用いられることの多いダイヤという鉱物にした。デザインはシンプルかつ上品に。これならば、気に入っていただけるだろう」
「うわー!これ有名店のじゃないですか!ガルル中尉、これいくら何です?」
「値段を聞くのは無粋というものだよ、プルル看護長」


大人の余裕でガルルは笑い、プルルをあしらう。それをキラキラした瞳で見つめるのはタルルで、呆れたように目を背けるのはトロロだ。


「すごいっす〜。ガルル中尉はやっぱり大人っすね〜」
「そ?つまんないだけじゃないノ」
「む。…………そーゆートロロは何を贈るンすか?」
「ボク?ぷぷぷっ。見て驚くなヨっ」


勢いよくトロロが取り出したのは、手に収まるくらいの小さな機械らしきもの。リボンが付いているからまだプレゼントだとわかるそれは、メタリックなオレンジ色をしていた。


「ププ〜。前からボクと直接メールできるものが欲しいって言ってたから作ったんだヨ。ウイルス対策にハッキング防止、もちろん対966用システム防御壁もついてる優れもの!これぞ最強のケータイだネ!」
「け、ケータイ!確かに地球人の必需品っすね。中々やるっす〜」
「プププ〜。それほどでも、あるヨ。で?タルルのは?」
「オレっすか?」


照れくさそうにタルルが机の上に出したのは、一抱えもあるクマのぬいぐるみだった。ふかふかの体毛にくりくりの大きな瞳。威嚇しようにも爪のない手元がなんとも可愛らしい。


「ティディベアっていうらしいっす。タママ師匠に頼んで探してもらったんすよ」
「へぇ〜。コイツ、動いたりすんの?」
「動かないっすよ。大体動いたら怖いっす」


怪獣映画よろしく動き出すクマを想像するトロロに、タルルは自分のプレゼントを改造されてたまるかと避難させる。ガルル中尉はそんな二人に苦笑して、船をワープさせるように命令した。この調子ならば一時間もせずに地球につけることだろう。

一息つこうとプルル看護長が伸びをすると、部屋を出て行くゾルル兵長の姿が見えた。そうして、なぜか先ほどの会話に彼が加わっていなかったことを思い出す。まさか、何も用意してないんじゃないだろうか。彼が真剣に女性への贈り物について悩む姿なんて考えられなかったし、ましてや可愛らしいぬいぐるみを購入するなんてことはありえない気がする。


「ゾルル兵長」


気になったから、追いかけてみる。彼は程なくして捕まった。こちらを億劫そうに振り向く彼はいつもと変わらないが、気のせいか少しだけ沈んでいるようにも見えた。


「…………なンだ」
「えと、ゾルル兵長は ちゃんに何を贈るの?」


聞けば、しばらく考えるような時間を置いて彼が右手を差し出した。その手の中には小さな軍用ナイフ。果物ナイフよりも鋭利で飾り気のないそれが、きちんと鞘に収まっていた。プルルはそれを見てなんとも言えない顔をする。


「な、ナイフなのね」
「…………オレは、何を贈ったラいいか、わカらん」
「女性的ではないかもしれないけど…………でも、いいんじゃないかしら。ゾルル兵長らしさが現れてて」
「無理に褒めルな。…………これナら、何も贈らン方がマシ、だ」
「それじゃ、 ちゃんが可哀想だわ。あ、こんなのはどうかしら」


落ち込むアサシンに、ポケットから箱を取り出しそれに巻かれていたリボンをほどく。そうして彼のナイフに器用に巻きつけた。


「ほら、これならプレゼントらしい」
「…………それは、お前のもノだろう」
「あぁ。コレ?大丈夫よ。リボンなら他にあるし、問題ないわ」


そうか、とゾルル兵長が聞いたこともない柔らかな声を出した。その手にはピンクのリボンが巻かれたナイフが握られている。まともなプレゼント、とは言いがたいが ならわかってくれるだろう。
船がぐんと引かれる。どうやらワープを抜けたようだった。近くの窓を覗けば、そこに広がるのは青い地球。いつ見ても、この星は綺麗だ。


「プルル看護長」
「なに?」
「お前は…………何を贈るンだ」


珍しい彼からの問いかけに、彼女は笑って手の中の小さな箱を見つめた。


「香水よ。 ちゃんにぴったりの、ほんのり甘い花の香り」
「そウか」
「…………気に入ってくれるといいわね」
「あァ。…………そうだな」


目の前の青い青い地球。この中にいるたった一人の女のこのために用意したプレゼント。
どうか気に入ってもらえますように。
願いを込めて、君にお祝いの言葉を贈ろう。



律儀なガルル隊長が彼女の家のインタホーンを鳴らす。

 

 

 

 


誕生日のお話。ガルル小隊はまとまっててほのぼの。可愛らしい軍人家族っぽい。

(06.11.16)