「赤いリボンが何のシンボルを表すか、知ってるか?」


日曜の午後、突然現れた彼をお茶へご招待したのに、せっかく淹れた紅茶には目もくれず彼はわたしに話し始める。紅茶は冷めたら美味しくないのよって言うのに、すぐ済むからってわたしの意見は却下されてしまった。そんなこと言うと、お茶請けのクッキー出してあげないんだから。


「赤いリボン?それって何かの謎かけ?」
「いいや。地球の風習だそうだ」


彼はいつものように真面目な顔して、(こんなところでそんな顔したって仕方ないのに)先生みたいに頷いている。こうなるとわたしは出来の悪い生徒になるしかない。彼は物知りだし博識だし、裏の裏まで考えて行動するような人だもの。そんな彼が得た知識なら、例えこちらが有利な地球情報でも、勝率はゼロに近いくらい。


「赤い羽募金なら知ってるけど、リボンでしょ。それって何かのシンボル?」
「ヒントは風習。これ以上は駄目だ」
「意地悪。当たったらもちろん景品が出るんでしょうね」


腕を組んで睨みつければ、彼が笑って頷いた。それに少しばかり驚く。そして同時に喜んだ。彼がいいと言ってくれれば、大抵の我侭が押し通ってしまうのだ。押し通すことが難しいのだが。


「うわ、じゃ真剣に考える!」
「そうしてくれ。だが、今回は景品もあれば罰ゲームもある」
「罰ゲーム?なにそれ」
「ちょっとしたことだ。ほらほら、真剣に考えたまえ」


赤いリボン、赤いリボン…………。それって何かしら。風習って言うからもしかしたら外国のものなのかもしれないなぁ。だってリボンて外来語でしょ。カタカナだし。あ、思い出したわ、外国の軍人さんて勲章とかにリボンつけてなかった?キラキラなバッジにたなびくリボンが確か赤い色だったかもしれない。いつの世も赤い色はシンボルなのね。だったらギロロは何のシンボルなのかしら。戦場って言うのも物騒だから、ここは赤ダルマってことにしときましょ。あれ、あらら、いけないいけない!脱線しちゃった!でも勲章って言っても色々用途もあるだろうし、どうしよう、行き詰っちゃったわ。


「降参かい?」
「いーえ、まだ考えます!」
「まだ考えるのか、貴方も粘るな」


なにせ、欲しかったあれこれが懸かっていますから!


「うーん、トロロ君にメールしちゃ駄目?」
「却下。それでは、パソコンで調べるのと何ら変わらないだろう」
「じゃ、クルル君は?ドロロ君でもいいよ」
「自分で考える気がないのかね、それでは仕方ないな」


言うなり、ガルルは手のひらに真っ赤なリボンを取り出した。かなり長いそれに、わたしは目をぱちくりさせる。


「赤いリボンは、元々ヨーロッパの国々で古来より病気や事故で人生をまっとうできなかった人々への追悼の気持ちを表すものなのだそうだ」
「え、ちょっ、まだ降参してないよ〜」
「もっとも、今ではエイズ患者への理解と支援を象徴するために掲げられたシンボルとなっているがね………理解したかい?」


にっこり。
音が聞こえるような綺麗な笑顔を作って、彼はわたしに微笑む。その威力といったら、黙れと怒鳴られるよりも雄弁だった。同じく笑顔で凍りつきそうになるわたしに、彼は「それじゃ」とリボンを解いて器用に巻き付け始めた。


「ちょっ」
「動かないでくれ」


なぜか、わたしに。


「どーゆーこと?!」
「罰ゲームだ。あると言ったろう」
「いや、でも赤いリボンでぐるぐる巻きにされるとは思わないよ」
「それでもルールはルールだからな。仕方ない」
「仕方なくないよ!ガルルー。わたしこれからどうなるのさぁ」


ふくらはぎから肩までリボンでぐるぐる巻きにされたわたしは、不恰好な人形みたいだった。これから贈り物にでもされる予定の新巻鮭だってもっとマシなもので飾られるだろうに!
ガルルはニヒルに笑って、わたしの手をとった。


「最近、小隊の皆には激務ばかり課してしまっているのでね」
「それは大変ですこと…………。あれ?わたしと関係なくない?」
「任務で極度に溜まった疲労と緊張を緩和するために、ぜひとも貴方が必要なのですよ」


赤いリボンの端、逃げ場を失ったわたしのどこへ連れ攫われるのだろう。

(これもいわゆる、アブダクション、とかいうやつ?)



 


 

 

 


ガルルさんは、我侭だと疑わない。

(06.11.16)