広がる荒野にすばやく視線をめぐらせて、そこに異変がないことに安堵する。
戦場に出る前に支給された軍服の胸ポケットに手を伸ばす。タバコの箱を取り出し、今度は火を探した。一緒に入れていたはずなのに、また違うポケットに入れたようだ。面倒くさいと思いつつもようやく服に視線を落とし、そこでようやく気がついた。新しく支給された軍服はすでに血がこびりつき乾いていて、十日は着っぱなしのようになってしまっている。接近戦を行うといつもこれだ。自分に外傷はなく、だからこれは全て他人の血だった。足の付け根から膝にかけて激しく飛び散った血が目立つなと眉をひそめて、適当な岩を探してよりかかる。安物のライターは尻のポケットから発見した。
火のついたタバコを、思い切り吸った。煙が胸の中を満たすさまを思い描いて、そのまま力を抜くように吐き出す。白い煙が、鬱々と暗い空に映える。
数えて何度目の戦場かなど、すでに忘れてしまった。けれどもう、返り血も相手の吐き出す反吐もこんな荒野でタバコを吸うことさえ、タルルにとっては生活の一部となりつつある。それが悲しいことかなんて、彼はもう考えることもしなくなっていた。
タバコが半分まで灰と化し、脆くなり耐え切れなくなった部分が大きく崩れる。


「こんなオイラにも、待っていてくれる人がいるんすから、不思議っスよねぇ」


独り言には大きい声で、タルルは呟く。相変わらず頭の中は戦闘モードであったから、声には何の感情も籠もっていなかった。ただ言葉を区切りながら、本当に不思議だと思う。
自分に戦艦のステップを下りる間も惜しんで抱きついてくる人が、この世に存在するということ。笑っておかえりと言われて、泣きたいんだか悲しいんだかわからない表情でただいまと言う自分を思い出す。自分は出来のいい上官とは違って上手く仕事と生活を切り分けて考えられない。抱きつくの細い腰を思い切り抱きしめてから、ようやく帰ってきたと実感する。痛いと怒られて殴られて、ようやく本物の笑顔になることができる。
だから。


「その銃捨てるんなら、見逃してあげてもいいっスよ」


先ほど同様、声を張り上げタルルは問うた。寄りかかった岩の反対側で、明らかに動揺する気配がする。続けて、「オイラの任務は、殲滅じゃなくて制圧っす」と言ってみた。
けれど願いはむなしく、勢いよく岩陰から敵兵が飛び出してくる。落胆することはなかったが、相手が銃を構える前に懐に飛び込んで「馬鹿っすね」と呟いてやった。正義感や忠誠さえも、命あってのものだろう。
顔面に3発、胴体に蹴りを入れて、あっけなく吹き飛ぶ体を冴え冴えとする頭で眺める。白黒の映画みたいだ。無音で早送りをされているような、虚しさばかりがつもって心をふさいでいく。
無線に連絡をいれると、生意気な新兵が面白そうに戦況を伝えてくる。やがて迎えの小型艦が自分の前で静止するのを、やはりどこか人事のように見ながら乗り込む。
迎えたトロロ新兵はやはり生意気な笑みは絶やさず、軍服の血のりと彼の戦場を交互に見た。


「ププッ。相変わらず手加減ナシ、だネェ」
「そんなもんしてたら、オイラが危ないッスよ」
「二つ名がつくのも時間の問題なんじゃないノ? ププッ。でもさぁ、ホント、タルルって」


こんなに強いのに、とトロロは続ける。


の攻撃だけは、何で避けられなのかネェ?」


探るような、意地の悪い質問だ。タルルは無視をして自分の机の前に立つ。そこに立てかけられた写真を見て、あぁ、と笑った。


「この前のパーティの写真ダヨ。よく撮れてるデショ」


誇らしげに胸を張る彼の言うとおり、写真はよく撮れていた。派手に飾り付けられた室内を背景に、ガルル小隊の面々が納まっている。顔や体中のいたるところにクリームがついた可笑しな格好だ。その中でタルルは一番ひどい姿をしていた。もはや顔はクリームだらけで、誰かなんて判別できない。困ったように笑うタルルの隣では、彼の腕をつかんだが満面の笑みをたたえている。その手には、まだぶつけていないパイが握られていた。
あぁ、そういえばこの後またぶつけられたんだった。


「またやろーネ。パイ投げパーティ」


タルルと同じように戦いで麻痺し始めた「普通」の感覚を持て余している新兵が、少しだけ淋しそうに言った。タルルは頷く。










































(07.10.03) 若者の葛藤。最近、怖いニュースばかりなので。