戦っているとわかるのは、自分がどうしようもなく頭の悪い生物だということだ。いつまでも敵を倒すことしか考えられず、それだけに集中するから言葉を忘れる。日常の平和な会話が思い出せなくなる。たぶん意地の悪い駆け引きや交渉ごとには絶対向かない。恐らく、恋の駆け引きってやつも無理だ。本当のことが言えないからオブラートで包むのにそれを使い分けられない。たった一言を言うことでさえ大変な苦労を要するというのに、それだけのことが出来ない。緊張すると、喉は張り付き気持ちが悪かった。 シミュレーション終了を告げる機械音が鳴った。だらりと腕を伸ばせば、周りにはがらんとした空間が広がる。何もない場所で、架空の敵と戦って、それは一人相撲のようだ。くだらない。タオルで乱暴に顔をこすった。
「あれ。ゾルル兵長じゃないっすか。どうしたんすか?」
シュミレーション室を出ると、真っ先に彼が目に入った。同じ部隊に所属するアサシンは廊下に備え付けられたソファに座りながら、こちらを一瞥しただけでまた窓の外を見る。彼に無視されるのは慣れているので近寄って、一緒に窓の外を覗き込んだ。興味本位だった。けれど、それが後悔の種になる。
「
とガルル中尉っすか」
窓の外、眼下に見えるあれは間違いなく
とガルル中尉だ。本部の並木道を通りながら、二人で談笑している。
はいつもよりも二倍増しに嬉しそうだ。中尉さえ、その顔に常では見られないような微笑を刻んでいる。何を話しているのかは、わからない。けれど滑らかに動く二人の唇が、ここからでさえも確認できた。
「いいっすねぇ。ガルル中尉は」 「…………」 「あんな風に話せて。オイラは一言話すだけでも緊張しちまうっす」
ゾルル兵長からの応答はない。期待してはいないから、落胆することもない。彼の無言の空間は、慣れれば心地よかったし安心できた。同じ部隊で肉弾戦を行うのは二人だけだから、その共通項が功を奏していたのかもしれない。トロロといるときはハシャげても寂しさは拭えず、ゾルルといるとその寂しささえも優しい寝床になる。
「…………何カ、言いたいこトがあるのか」 「…………別に。大したことじゃないっすよ」 「なら、言うべキだ」
人に無頓着な彼が、命令することは珍しい。いや、命令というほどのものではないが、それは彼の意見だった。笑いたくなる。「言うべきだ」あぁ、なんて簡単な言葉だろう。促す言葉にこれ以上の言葉はあるだろうか。彼が進める言葉だから、こんなにも威力があるのだ。
「兵長は?」 「?」 「兵長は言わないんすか?」
戦場の最前線で戦うからこそわかる。彼はそれほど物に執着することがない。その彼が彼女を見て、そんなことを言うのだ。本当に、自分たちは口下手で困る。 ガルル中尉と
の会話は途切れない。そんなに話すことがあるのだろうか。
「俺は…………言エんな」 「どうしてっすか?」 「どうニもならんだろう」
変化を望まない、これ以上の関係は自分には過ぎたものだ。 声に含まれた意味さえも理解できて、笑いがこみ上げる。こんな以心伝心があるのなら、どうか彼女にもそれを付けさせてくれ。そうしたらメールよりも簡単に、電話よりも確実に、君に伝えられる。この気持ちを偽りなく、思いのままで投げ出せる。例えば名前を呼んだだけで、見つけてくれるような魔法がほしい。
「…………タルル」 「?」
兵長の声に顔を上げた。そのさきにあるものに驚き兵長を見れば、彼はいつもの無表情のままだった。もう一度、窓の外を見る。
が、手を振っていた。 一生懸命に手を振る姿が見えて、まだ名前呼んでないっすよ、と心の中で彼女に突っ込んだ。それでもこちらに気付いただけでも、それは進歩なのだろうか。ただの偶然であったとしても、今はそれが嬉しくて仕方がない。
「ほら、兵長も手ぇ振って」 「あ、あァ…………」 「そんな弱々しくじゃなくて!あーもーこうっすよ!!」
じれったくて兵長の手を取り、無理やり降らせた。その可笑しな動作に
が手を振るのも忘れて可笑しそうに笑っている。ゾルル兵長が少し苦笑するような顔で見るから、自分もこれでもかというくらい大げさに手を振った。
が手を振り返す。いつまでも終わらない、会話のない笑顔のやりとり。 手を振りながら、兵長にだけ聞こえる声で言う。
「言うべきっすよ。やっぱり。それが何でも」
君に伝えるべき言葉は、たぶんたくさんあるんだ。
(06.12.17)
ガルル小隊フィーバーにつき、お二人をチョイス。見るだけの兵長と行動したい上等兵。 彼らを分けるのは…………若さ?(それで片付けないでください) それにしても、本部に並木道なんてあるのか。大学じゃあるまいし。
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