「久しぶり!タルル!」
最後に会ったのは確かふた月以上も前だったのに、は気軽に手を振った。
その気軽さに寂しさを少し抱いて、自分も手を振る。まるで自分がいなくても何も変わらないと言われている様で苦しかった。こんなにも会うことを渇望していたのは自分ばかりだったのかもしれない。
「今日は、お仕事休み?」
「休みとったんスよ。誰かさんのために」
こちらばかりが会いたかったのではシャクだから、意地の悪い言い方になる。けれど暢気な姫君には少々の嫌味は通じない。きょとんとした後に、嬉しいと顔を綻ばせられたらこちらの負けだ。苦労して上司を説得し勝ち得た有給だというのに、彼女はその一言で疲労を癒してしまう。
「タルル、疲れてる?」
「まぁ…………新人っスからね」
「社会人だもんねぇ。こんなにちっちゃいのに」
が笑って頭を撫でてくる。とっさに言い返せず、ため息をついてしまうこちらの立場は限りなく弱い。は笑ってそんな様子を楽しげに見やる。
星々の距離は埋めようもなく遠く、日常に干渉しえないことは理解しているけれどいつも空を見上げれば淋しかった。友達と馬鹿やっても晴れない気持ちを持て余していたのは、どちらも同じだと思っていたのに。
「は…………オイラなんかいなくても、楽しそうッスね」
言い負かされたり、後手に回ってばかりだから愚痴も出てくる。
は撫でていた腕をぴたりと止めた。続いて、ひゅっと息を飲む音。
「…………?」
「なにそれ。じゃあ我侭言って困らせろっての?」
腕が邪魔で彼女の顔が見えない。地球人とこちらの体格差はかなりあるから、押さえつけられれば、容易には抜けられない。けれどの声が固くなったことだけは、理解できた。
「淋しいって、毎日でも会いたいって、仕事なんか放ってわたしのこと構えって言ってもタルルは困らないの? 困るでしょ? 困るに決まってる!」
「、え、ちょっ」
「だから言わないでたのに。笑う練習いっぱいして、くだらない文句いっぱい考えて、それで少しでも物分りのいい女になろうと思ったのに」
矢継ぎ早に繰り出される言葉の波に翻弄されながら、信じられないことを聞かされて戸惑った。の声はこちらを萎縮させるほどの怒気を含んでいる。けれど彼女の身体が小刻みに震えているのは、怒りばかりのせいではない。
「寂しいに決まってるでしょ! 馬鹿タルル!!」
みしと、頭に置かれた手から嫌な音が聞こえた。力任せに頭を掴むに、これ以上は危険と腕をはずした。いくら体格差があったところでこちらは仮にも軍人である。の細い指を傷つけずに捕らえることなど容易かった。腕を掴みやっとの顔を見ると、気丈な瞳に光るものが見えた。その表情があまりにも綺麗過ぎて、とっさに言葉を発するのを忘れる。
「なによ。離してよ」
「…………悪かったっス」
「もう遅い。タルルが思ってることはよぉくわかったもん。許してやんない」
完璧に機嫌を損ねたはぷいとそっぽを向いた。この機嫌を直すのは簡単じゃないぞと、自分の不用意な発言を心から後悔した。彼女の美点は物分りがいいところだと思っていたが、彼女なりの我慢だったようだ。仕事など放って自分を構えと言われれば確かに困るのはこちらだが、になら言われてもいいと不謹慎ながらも思う。
「」
「…………」
「本当にごめんっス。でも…………」
嬉しかったと、そう言ったら君は怒り出すだろうか。
淋しくて、毎日会いたくて、無理を承知でもどうしようもない感情を君も抱いているのだということが。嬉しくて堪らない。それでも我侭を言って嫌われるのが怖くて、オイラのために笑う練習をするを想像して口の端があがる。淋しさを必死に誤魔化して下らない話題を考えるが、たまらなく愛おしく思えた。
「…………ねぇ、」
捕らえたままの腕を取りが抵抗する前にその細く白い指に口付ける。
は真っ赤になって口をぱくぱくさせた。
「今すぐキスしたいんで、機嫌なおしてほしいッス」
余計真っ赤になった姫君が、苦笑とも呆れともつかない笑いを漏らすまであと数秒。
(07.07.25) タルルのお話はどこか気恥ずかしい。
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