「人生の大博打で負けたときの悔しさって、わかる?」


それは突然の問いだった。先ほどまで自分たちの周りを盛んに動き回り、仕事に口を挟んでいた彼女が急に黙り込んだと思ったら、そう聞いてきた。俺はトロロにメンテナンスを頼んでいた途中だったから、半身が使えない状況で首だけを疑問を示すように傾ける。トロロも同じようで、パソコンに向かっていた体を反転させてこちらを向いた。


「大博打ぃ?なにソレ。 、何してんの」
「別にお金はかけてないよ。しかもさっきまで気付かなかったの。だから今、すごく悔しい」


トロロは要領を得ない の答えに首を捻る。 は突然会話をし始めることがある。その主語を抜き、それでも会話を推し進める。当たり前だが会話は成立しない。しかし、それでも耳を傾けてしまうのは彼女の言葉が不思議と馴染むからだ。
は本当に悔しいのか。瞳を険しくさせ、眉間に皺を刻む。


「本当に本当に悔しい!あーでも、こんなことに気付いちゃった自分が一番腹立たしい!」
「五月蝿いヨ。まったく、次は勝てるようにすればいいじゃん」


やれやれといった調子でトロロがパソコンに向かう。しかし はそんなトロロにも癇癪を起こしたようだった。トロロと俺の間に回りこみ、後ろから抱きしめられる。ケロン体よりも長い腕に抱かれて、二人ともバランスを崩した。ちょうどトロロの後頭部とぶつかったらしく、かつんと軽い音がする。


「はぁ?何やってるワケ?!」
「…………何ヲする」
「だってだってさ!わたしずーっと、思ってたんだもん」


の表情は見えない。必死な声だけが聞こえた。抱きしめる腕を弱めずに、頭の上で は言葉を紡ぐ。


「地球の、日本て言う国に生まれるのは凄い確率で、それに選ばれたわたしは物凄くラッキーで。だからわたしは恵まれてるんだって!でもでも、ケロロたちに会って、二人に会って、あんまり会えなくて…………!」


彼女の声は徐々に文章として成り立たたなくなり、形を失って思いだけで構成される。弱められない腕の中で、それでもこの地球に住む生き物としては弱い部類に入る を、こんなふうに追い詰める原因になったのは俺たちだったのか。
人生の大博打。生まれる前に振られたサイコロ。それはトロロの言ったように勝ち負けでもなければ、やり直せるものでもない。
隣を見れば、トロロの顔が見える。赤くした頬で、この少女に少なからず動揺した彼は、どうすれば慰められるか考えているに違いない。
だから、言ってやる。


「俺は、それが負けダとは思わん」
「?」
「むしろ、お前がここに居てくれて、ヨかったと思う」


動く方の腕で、トロロを小突いた。トロロはやっぱり顔を赤くしながらも、唇を突き出す。


「そーだヨ。ケロンにいたって、会えるかなんてわかんないじゃん!」
「でも…………」
「あーもーいいんだヨ! は負けちゃいないヨ。つーか、人生の勝ち組。この地球でボクたちに選ばれた、最も運がいい人間なノ!わかった?!」


彼の理論は乱暴で、それは常の彼ではなかったけれど、言いたいことを言い終えたトロロは満足そうだった。 は数秒考えるように静止した後に、腕を緩めて俺たちの顔を見た。
あぁ、やっぱり泣いていた。目が赤い。本当に、お前は悔しかったのか。


「お前が地球に生まれテくれてよかった」
「そーだよ。探し出す手間が省けたしネ」


は赤い目をこすりながら、「なにそれ」と返事をする。 は突然会話をし始めるが、それら全てに意味がある。だから、聞き逃すことなんて出来ないのだ。トロロが腕を伸ばし、 の頬に触れる。


「ウサギみたいダ」
「ウサギだな」


今度こそ、 は笑った。彼女の気持ちが落ち着いたら、もう一度言おう。
君がこの星に生まれてくれて、本当によかったと。

 

(待っていてくれてありがとう)

 

 

 


(06.12.17) ガルル小隊フィーバーです。どうしても兵長を優しげに書いてしまうのはなぜか。

        この二人は仲良しのイメージがあります。兵長は素直に言うことを聞きそう。

        こっちの兵長はかなり存在感が(わたしの中では)あるんだけどなぁ。