恋愛というものは享受した方が負けだと誰かが言っていた。
以前の自分なら鼻で笑ったのだろうが、今ではそれを嫌と言うほど実感している。
自分以上に誰かを大切に思うことなど、彼女に会ってから始めて知った。


「…………本当に、馬鹿が」


ベッドの中、話し疲れて眠い眼をこすっていた を見ながら呟く。オレの低い声が聞こえたわけではないのに、 は首をかしげた。その無防備な表情が、募る思いに火をつけそうになる。


「なぁに?」
「寝ろっつったんだ。眠いんだろ」
「眠い………。でも、クルルは寝ないの?」


こてん、と横になる女は、人のシーツに顔を押し付けて笑う。その溶けるような表情にちりちりと先ほどから焦げ始めている衝動が、首をもたげた。ためしに腕を伸ばして、横になる の額に触れる。くすぐったそうに笑って、それでも制止の声はあがらないからそのまま髪をすいた。指から零れるそのすべらかな髪を名残惜しそうに眺めて、クルルは笑う。


「ガキが、夜更かしなんざするからだ」
「だぁって………」
「言い訳するんじゃねぇよ。とにかく寝てろ。オレはやることがあるからな」


軽く突き放したはずなのに、 は文句をいうでもなく寝ぼけたような顔のままこちらを見ている。それからすっと瞳を閉じた。
その薄いまぶたに見とれながら、オレはやはり自嘲せざるをえない。
彼女を呼びつけたのは自分自身だ。確かに言った。会いたいと、心のままに言葉にした。けれど次の瞬間 の口から放たれたのは「おやすみ」という言葉で、返事をしながら柄にもなく落胆した。それなのに彼女は電話を切るやいなや着替えを済ませてここに向かった。

まったく、無鉄砲な女だ。オレがその行動に気付かず寝てしまうことや、夜の道で何かあるとは考えなかったのだろうか。モニターで走る彼女の姿を見ながら、どうしようもなく頭の足りない愛しい少女に自分には似合わない笑みが零れた。
あぁ、早く、と願うさまは誰にも見せられやしない。オレだけを思って、ここにたどり着いたお前が憎らしいほど愛おしくて堪らない。


「ねぇクルル」


眠ったと思った瞳が開いた。綺麗なまなざしがオレを貫く。


「今、幸せ?」


貫かれて射抜かれて、オレはこの日何度目になるかわからないため息を零した。暗い道を走るお前を見ながら、どれだけ迎えにいってやりたかったか教えてやろうか。それともその体に、こんな男を慕った罪の証でもつけてやろうか。赤く赤く返り咲くその花を、いくつつけてもこの衝動は納まりはしないのだろうが、それもまた一興だろう?どれだけ艶かしい目で誘ってやがるか自覚がねぇってのは恐ろしいもんだな。


「教えてやんね」
「ふふ。…………わたしも幸せだよー」
「話し聞いてねぇな」
「だってねー、わたしも会いたかったからー」


緩む頬を少し赤くさせながら、 は笑う。オレはもうどうしようもなくなって、もう一度腕を伸ばした。彼女は先ほどと同じようにオレを受け入れたが、その先に奪われた唇に少々目をしばたたかせて驚いているようだった。けれどそんなことなどお構いなしに焦らされ燻ぶった恋情は、もう収拾がつけられないほどに暴れ狂って抑えきれない。貪るように口付けて、彼女の息を止めてしまいたかった。苦しそうに助けを求めた腕がオレに到達する前に絡めとってベッドに縫い付ける。力では敵わないはずなのに、それでも は従順に押し倒された。ようやく唇を解放すれば、彼女は赤くなった頬のままで失った酸素を吸い込む。その姿にさえそそられるなんて、オレは相当螺子が吹っ飛んできたらしい。


「次からは、攫いに行く。お前の足じゃどーにもトロくせぇからなぁ」
「…………え?」
「今さらそんなつもりはなかった、なんてオチはなしだぜぇ」


わからないと言うように が大きな瞳を見開いた。その頬に唇を寄せて、自分でも笑ってしまうほど可愛らしいキスを落とす。


「攫いにきてくれるの?それじゃあ、ちゃんとした侵略者みたいね」
「オレぁ、いつでも間違いなく侵略者ってやつだがなぁ」
「似合わないよ。でも、いいな。クルルが攫いに来てくれるなら、毎日でもいいよ」


組み敷かれているような状況で、彼女はうっとりと言葉をつむぐ。
本当にそれでいいのかと問い直したい気持ちと、それならばそうしてやろうと言う気持ちが二つ同時に自己を主張する。このまま進んではどちらも後悔するばかりだとオレの脳細胞は必死に警告を告げているのに、こいつの視点からならばそんな壁は最初からなかったことにされそうだ。ハマりすぎて、もう他のことが考えられない。望まれることは全部してやりたいし、オレの望むままになってしまえばいいと思う。矛盾する思考の中で柔らかく笑うお前が、オレの神経を逆なでする。


「…………自分の言ったことには、責任持てよ」
「うん?」
「もう、離してやらねぇ」


もう一度奪った唇の先で、 が頷いたのがかすかにわかった。
あぁ、今日は長い夜になりそうだ。





 

 

 

 

 

 

 


(06.02.10) タイトルと合ってないかも知れないが、たまにはこんなのも悪くない。

        うちの糖分を出し切った感じ。優しい曹長です。捏造してすみません。