例えば、それを予期できなかったからと言ってわたしは責められるべきではないと思う。
仮にここに百人の陪審員がいてわたしの有罪を認めてもわたしだけは無実を証明してみせる。その理由と根拠と証拠を完璧に揃えて論破し、裁判官さえ納得させる自信があるのだ。世界中の人がこの瞬間の光景だけ見てわたしを責めてもきっと話を聞いていくうちに、みんな理解していくに違いない。あぁ、そうか。それじゃ仕方ない。君は悪くないよ。これは言わば事故だったんだ。頷く人々にわたしは許される。 だからごめんなさい、タルル。今、あなたの足の上に落とした色々な物の中にダンベルがあったんだけど、痛がってるのはそれが原因じゃないわよね?ちなみに言うとわたしは貴方にもう構ってあげられないのだけど、それも怒らないで頂戴。だって、だって、わたしの視線の先には。
「ゾルル…………」
もう彼しかいないのだから。 彼は少し照れくさそうに、(けれど普通の人には無表情にしか見えないのだろう)わたしに微笑んだ。(やっぱり他人には、彼が仏頂面をしているようにしか見えないのだろうけど) 隣でなにやらタルルのうめき声がするけれど、どうでもいい。
「
」 「…………」 「久しぶリだな」
えぇ、そうね。正確に言えば半年と16時間ぶりよ。 そう言ってやりたいのに、わたしの声は喉に張り付いて出てこない。驚きで目を丸くするわたしと一緒に、周りの人々さえも歩みを止めて彼を食い入るように見つめている。全ての視線が彼と彼の持っているものに注がれているのだ。彼はそんな周囲にはお構いなしに、五歩程度だったわたしたちの間の距離を一歩縮めた。わたしはとっさに両手を前に出す。
「待って!」 「…………?」 「質問をさせてちょうだい。貴方の持ってるそれ…………選んだのは貴方?」
いぶかしむ様に瞳を細めて訊く。それを彼が自分で選んだと言うのならわたしは今すぐにでも走っていって彼の手を取り病院に連れて行くつもりだった。しかし予想は裏切られ、彼は首を振る。
「いイや」 「そう、よかったわ。…………ガルル中尉ね?」 「そウだ。お前は相変わラず、察しがいイな」
答えを聞いて納得する。あぁよかった。わたしはやっぱり無実だった。 そうして、彼の上司が面白半分で植えつけた知識に言い知れない殺意を感じた。(ガルル中尉はほんの親切のつもりだったのかもしれないけれど)
「…………
」 「ん?」 「…………こレ、気に入らなカったか?」
黙っているわたしに、彼がそう零した。あまりにも小さな言葉に、きっと聞き取れたのはわたしだけだったに違いない。彼はひどく不安げな表情で(でもきっと誰にもわからない)わたしと自分の腕の仲にあるものを交互に見比べた。彼が悪いわけではないから、わたしは一歩自分から彼との距離を縮める。
「いいえ、嬉しいわ」
そうして、彼の手の中から零れ落ちそうに大量に包まれたバラを受け取った。そのバラはすべて明るい色で統一されていた。黄色に白、ピンクに赤、薄紫に赤紫、あんまりにも華やかな色ばかりだから見つめていられない。そうしてわたしはその花を堂々と持ってきたゾルルを見た。こんな大きな花束を持っているだけでも注目を集めるだろうに、持っている彼があまりにも不釣合いなものだから行きかう人々は釘付けになったことだろう。しかしそんな周囲の混乱など、彼は気にしないに違いない。(被害者はタルルだけだと助かる)
「…………隊長が、たマには花でも送れ、と言うから」 「そっか。でも何でまたバラ?」 「これが一番綺麗ダった」
そうして全部詰めてもらったのだという。両手いっぱいのバラはむせ返るような匂いを放っていた。芳しい、と言いたいけれどここまで強烈だと嗅覚が麻痺してしまいそうだ。 しかしわたしも女。ここで嫌な顔など見せてはいけない。
「ありがとう。わたしのために選んでくれたんでしょ?」 「あア…………。しかシ、重そウだ」 「大丈夫よ。これがゾルルの愛の重さだってことでしょ。それならわたし受け止めてみせるもの」
周囲に人がいるのもお構いなしに、わたしはそう言った。たぶん、彼とこの大量のバラに感化されてしまったのだろう。口の中から考えたこともないような甘ったるい言葉が出てきてしまう。 彼はそんなわたしの言葉にやっぱり照れて、それを隠すようにそっぽを向いた。(周りには彼が余計不機嫌になったようにしか、見えないのだろう)
「帰ろ?今日はご馳走を作ろうと思ってたの」 「あァ…………
」 「ん?」 「やハり…………それハ俺が持とう」
ひょいと花束を持ち上げる。ゾルルがそれで表情を隠そうとしているのがわかった。わたしは手持ち無沙汰になった両手と彼を交互に見比べて、それから仕方がないなと笑った。 それからタルルの足元に散らばった荷物を抱え、わたしたちは一緒に家に帰った。相変わらず彼はそっぽを向いてわたしの目を見てくれなかったけれど、彼が照れているときはいつもこうなのだ。可愛らしい、とわたしは笑った。
それからあまりにも驚いた彼のプレゼントを家のいたるところに飾りつけ、それでも余ったものを入院してしまったタルルに届け、嫌味のつもりでガルル中尉の机に飾るのは…………別のお話。
(06.12.03)ゾルル兵長のプレゼントはいつもサプライズ。というか、彼がサプライズ!!
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