桜の花びらが舞う夢を見た。
夢だとわかったのは、今の季節は春ではなかったことと、知らない人の声のせい。
知らない人。そう、どんなに懐かしくて愛しくて切ない気持ちがこみ上げても、それは知らない人の声だった。
少し低くて、でも優しさに溢れていて、すべてを包み込むような声。
知っているはずないのに、思い出すだけでも嗚咽が漏れそうだ。


「おやすみ」


声は、ただそう言った。
桜の木の下で、知らない人は泣いているのかもしれない。
声の調子は変わらず優しいのに、そう思った。
表情だってわからない。人なのかさえわからない。
ただ夢の中の人は、ゆっくりとわたしに手を伸ばした。
覆われる視界、けれど不思議と怖いとは思わない。
触れているはずの手は、冷たいとも温かいとも感じなかった。
ただ、悲しかった。
ただただ、抵抗できないほど強く切なかった。


「…………これから、殿には幸多き道のりがありますよう…………」


願うような口調。
先ほども表情など読めなかったけれど、こうなってはもう見ることさえも敵わない。
手足も動かそうという気すら起きない。
だってもう決定してしまっている。彼は、決めてしまっている。
だったら、わたしに出来ることなどない。


「ありがとう」


だから、最後にこの言葉を。
知らない人だけれど、この切なさを言葉にのせることができたなら。
何かが変わるかもしれないと一抹の希望が胸にわきあがった。
泣きたいけれど泣けばあなたは困るだろうし、夢も終わるだろうからこらえた。
決心が揺らいでくれればいい。どうか。
あなたは、一人ですべてを背負い込みすぎる。
知らない人がわたしから手をはずす。
けれど戻った視界に彼は映らなかった。










あぁ、なにも、かえられなかった。











目を覚ますと、そこはいつもどおりのわたしの部屋だった。
季節はずれの桜などない。
そこにいた人など、もう影も形もない。
けれど虚脱感と共に、寂しさが胸を締め付ける。
知らない人のはずなのに、もう会えないということだけは知っていて。

わたしはベッドの上で膝を抱えて泣いた。
もう会えない人の最後の言葉を思い出して、泣いて泣いて、泣きぬいた。
だって、あの人は泣かない。
一人になっても、彼は悲しみに耐えて泣かない人だ。
だからわたしが泣くのだと、自分に言い聞かせて泣いた。
どうしてそう思ったのかなど、理由はわからない。
わからなくて、いい。





変えられなかった現実を、乗り越えなければもう何も手に入れることなど敵わないのだから。
彼の言ったとおり、わたしは幸福にならなければならないのだ。






















(07.09.20) 兵長は、なんだか静かに壊れていきそうな感じがする。

        それにしても同じ兵長なのにわたしの扱いの差はなんだろう。