鏡の中、わたしは自分の身だしなみを整えながら笑う。
昨日買ったばかりの綺麗な白いスカート、快晴の空に映えるようなレース付きだ。ひとめぼれして買ったのだけれど、これはなかなかの買い物だった。
くるりと回ればふわりと舞い上がり、とても綺麗な弧を描く。まるで花の妖精にでもなった気分だ。


「めかしこんでるな」


声がして、わたしはそれだけで嬉しくなる。
ギロロの方へ視線を移したわたしは、まるで彼がいることを当然のように出迎えた。


「はぁい。ギロロ」
「なんだ。嫌にテンションが高いな」
「うん。だって、新しい服を買ったのよ」
「…………それか?」


スカートを指差し、ギロロは首を傾げる。きっと服を一つ変えただけで変化する女心なんてこの軍人馬鹿には一生わからないに違いない。わたしは笑って、頷くだけにした。


「どこか、出かけるのか」


一瞬、彼の声が低くなる。
わたしはそれに気づかなかったふりをして、かばんの中身をチェックした。


「えぇ」
「誰とだ」
「ギロロが詮索?珍しいね」
「いいから答えろ」


財布にハンカチ、ちり紙にティッシュ。頭の中を無機質なものでいっぱいにしてから、わたしはさもそれが何でもないことかのように言う。


「睦実さんとよ」


彼と会う。それが何を意味するのか、彼は理解しているのだろうか。
女心だって、理解してはいないのに。


「そうか」


悲しそうな顔で呟いた。彼の瞳に映る現実はひどくシビアで、単純で、とてもシンプルに出来ているのだろう。クルルの爪の垢でも飲ませたいものだ。少しだけ現実を見る視点を変えればいいのに。そうしたら全てが見えてくるのでしょうに。


「わたしに何か用があった?」
「いいや…………たまたま通りかかってな」
「そう。じゃあ、わたし行くね」


睦実さんから贈ってもらった腕時計を覗きながらわたしは言う。もうそろそろ約束の時間だった。ギロロはそんなわたしを見て、一層やりきれないものを滲ませる。黒い瞳の奥で何かをわたしに訴え続ける。それは一体何なのか、なんて汚いわたしは知りたくないよ。


「それじゃあな。…………デート、楽しんでこい」


どんな気分であなたがそれを言ったのかなんて、今更知りたくなんてないのだ。


わたしは急がなければいけないはずなのに、彼の背中を見送った。珍しく徒歩で来たらしい彼の背中は数分で角を曲がって見えなくなってしまう。あぁ、その背中がいつもよりも数倍小さな気がするのはわたしの良心が少しでも痛んでいるからなのかな。


ねぇ、ギロロ。わたしはあなたに聞きたいことが山ほどあるの。



わたしが彼女の大切な人を奪ったとき、あなたはどんな気持ちでしたか。
夏美ちゃんは悲しんでいたでしょう。表面上はとても穏やかに笑っていたけれど、次の日学校を休んだことをわたしは知っている。
夏美ちゃんの部屋から、あのコンポがなくなったという話も聞きました。
声も聞きたくなくなったのかしら。それとも聞いていることがよほど辛かった?
それほどまでに愛していた彼を失って、それでも気丈に振舞う彼女をあなたはとても愛おしいと感じたことでしょう。
時々、わたしが話しかけて、ギロロの話題ばかりを持ち出すと、夏美ちゃんはひどく曖昧に笑います。(その瞳がわたしを拒絶していることを知っている)
まるで違う話題でも自分は大丈夫だと言うように虚勢を張るの。(それともまたわたしが彼女の大事なものを取ってしまうことを恐れているのだろうか)



けれどあなたは、そんな彼女を作り上げてしまったわたしをなじることも出来ない。



大切な人を失うことは、きっとあなたも同じことだったでしょう。
わたしが得た幸せのせいで、どこかで幸せが欠けていく。(きっとそれが世界の法則)
だから、そう、これは仕方のないことだった。
それでももしあなたが、夏美ちゃんを壊したわたしに対して生み出した感情が恋愛以上のものなら、言うことなんてないのだ。
一瞬でもわたしを憎んで心の底から嫌って、わたしでいっぱいになればいい。
そうなれば、わたしは満足なのだ。


「君は、いつまでたってもオレを見てくれないんだね」


睦実さんが、悲しそうに呟いた。








誰かが幸せになろうとすれば、誰かの幸せが欠けていく。
誰かが不幸を望んでしまえば、まるで連鎖のように悲しみは繋がっていく。


それが、世界の法則。




(あぁ、だから、これは仕方のないことだった)







 

 

 

 

 


(06.02.10)  自分から不幸になろうとする人の末路が、好転するわけないのですよ。