「なんであなたはそうやって無茶ばかりするんですか!」
わたしは力の限り叫んだ。周りの人々が、彼に掴みかからんばかりのわたしの肩を必死に抑えてくる。女のわたしにはそれを振りほどくことも、振りほどいたとしても彼を殴り倒すことなんて出来ないのだろうけれど、それでも叫ぶことは止められなかった。まったく理解できない。この武器マニアはいったい何を考えているのだろう。 わたしの叫びを、目を丸くしてギロロは受け止めている。何にもわかっていないような顔が(実際何にもわかっていないのだろう)さらに腹立たしい。
「そう怒るな。
」 「怒ってません!呆れてるんです!」 「では、あまり大きな声を出すな。ここは仮にも病室だろう」
なんでわたしばかり感情を乱しているのだろう。彼はまるで子どもをあやしつけるようにわたしに言った。言われなくともわかっている。ここが病室なのを一番理解しているのはわたし自身だ。ついでに言えばわたしは看護兵だし、ここに彼を運んだのも、その怪我の治療をしたのもわたし自身だ。そうだ。その怪我がいけない。見た瞬間にぞっとした。気がついたら彼を救急ポッドに放り込み、泣き出しそうになりながら経過を見守り、画面に映し出される様々なデータを逐一チェックしていた。本当にひどい怪我だったのだ。見るも無残なんて言葉が笑えてしまうほどに、彼が彼の形をしていたことが奇跡だった。一瞬でも気を抜いたら彼の魂はその壊れた体の中から出て行ってしまうような気がして、あぁそういえばいつから眠っていないのだろうか。…………はっきりいって、わたしのほうが病人のような顔色をしていると思う。
そんな不眠不休の介護の甲斐もあり、彼はやっと一般病棟に移してもいいくらいに回復した。けれどつい先ほどやっと目を覚ました彼に浴びせたわたしの声は、その回復を喜ぶものとは程遠いものだった。だってその怪我はあんまりだ。今だって満足に両足は動かせず、腕だって繋がっているのがやっとだというのに。視神経に傷がないか調べて探すことが、どれだけわたしの神経をすり減らしたか知っているのだろうか。わたしが寝ている間にあなたに何かあったらと、考えるだけで体は睡眠欲を拒絶した。冴え渡る頭でどんなに考えただろう。力がほしかった。あなたを一瞬で癒せる超人的な、ありえないほどの奇跡の力がほしかった。なのに、体中を包帯で巻かれながらこの人は笑っている。
「悪かった。お前が俺のためにいろいろしてくれたんだろう。うっすらとだが、覚えている」 「…………」 「だがな、怪我をするのは仕方の無いことだろう。俺は起動歩兵として間違った行動をとったとは思ってはいない」
ベッドの上で何を言ってもさまになんてならないのに、彼は唇の端を上げて笑った。わたしはそれが合図のように泣き出した。あんまりにも突然に、けれどやっと噴き出したわたしの思いは周囲もギロロもお構いなしに流れ続ける。 オロオロとしたギロロ伍長。いっそこのまま困らせてやろうか。
「お、おい。
。泣くな。俺が悪かった」 「…………じゃあ、いっこ、約束してください」
泣きじゃくるわたしを覗き込む彼の瞳。綺麗な色だ。 その瞳を見て、わたしははっきり告げる。しゃくりあげながらではあったけれど。
「死なないでください。ぜったい」 「
。…………それは」 「じゃなきゃ卑怯です。ギロロ伍長は、卑怯です」
彼がそう言われることを嫌悪していると知りながら、わたしはそう言い放った。少しでも彼の記憶に残るように、わたしは叫ぶ。
「どうせ最期は一緒にいさせてくれないんだから」
わたしを選んではくれないあなたに、わたしはこれくらいしか言うことが出来ない。 あなたが死ぬときはきっと『あなたであったもの』は残さないんでしょう。なんとなくわかる。あなたが死ぬのはわたしのためでは決してなくて、そしてわたしは死に目には会えない。たった一人の大切な人に看取られて死ぬんでしょう。その人を心から愛して、あなたは死ぬのだ。 だったら元気でいると思わせてほしい。あなたは憎たらしくなるほど元気で幸せで、わたしもあなた以上に幸せになるんだって、そう思わせるくらい安いものでしょう。どこかの空の下であなたが物言わぬ躯になっても、わたしは空を見上げて笑うんだ。あなたはきっと元気で幸せでやっぱり憎たらしいんだって。 そうじゃなきゃ、あなたはやっぱり卑怯だ。とてつもなく、卑怯なんだよ。
奪い去った心をそのまま連れ去ってしまわないで。それじゃわたしが前に進めない。
だからどうか、あなたが幸せでいることくらい願わせてください。
(06.02.10) 傾かない愛情がわかっているほど、悔しいものはありません。
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