いつも通り自分のデスクにつき、たった今ようやく処理し終えた書類を脇によせる。たった数枚で納まってしまう内容は、それに納めるにはどうにも重過ぎる。それを感じながら書くのだから、この矛盾は拭えない。しかしもうその矛盾にも慣れてしまっている自分がいて、もう自分は心から軍人なのだと、嬉しいわけではない事実を突きつけられる。
あぁ、そういえば、最近は仕事ばかりで君に逢えていない。



「ガルル中尉〜っと、休憩中っすか?」
「タルル上等兵」
「さっきの書類、資料が一枚抜けてたみたいで…………。その、中尉?」



呼びかけられて、ようやく自分が彼の顔ばかり見ていることに気付いた。「あぁ」と声を出し、彼の差し出す紙片に目を通す。けれど文を追う目は、何も読み取らない。



「中尉?」
「…………なんだ」
「その、お疲れっすよね?」
「その心配はない。身体及び精神に異常は感じられん。……ただ少し、考え事をしていた」



回転する椅子をくるりと回し、窓を見上げる。そこに広がるのはただ青い空ばかりだ。



「考えごとっすか…………中尉の考えって、深すぎてオレにはわかんないっす」
「それは買いかぶりというものだ。私の考えは、浅く狭い」
「またまた〜。狭くて浅い考えの人が、こんな難しい書類書けるわけないじゃないですか」
「仕事の出来不出来で、思考の深さは計れんよ」
「そっすか?…………ところで何を考えてたんす?」



あ、その、出来たらでいいんすけど。
若い彼は単純にまずいことを言ったと感じたようだった。



「構わない。…………少し、な。遠いと思っていたんだ」
「遠い…………?」
「ケロンの科学力をもってしても、宇宙を一歩で横断することは出来ん。目的地にたどり着くまでに時間は削られ、減少し、タイムリミットが迫りくる。覆すことが出来ない事実だが、これが私にはもどかしくて仕方がないんだ」



見晴らす空をたった一歩で越えることができたなら。空を越え宇宙をまたぎ、こことは違う大地に足を着く。そうしてその先には、待ちに待った人が笑ってそこにいる。
そんな夢みたいなことが現実になればいいと切に願う。
軍人の仮面をはずし、君の前にたった一人の男として立ちたい。



「ガルル中尉…………」
「悪いな。意味がわからなかったろう。このことは忘れて…………」
「行きたいトコがあるんすね?!だったら隊員の有給ぜーんぶ使って行きましょうよっ」



あまりにもあっけらかんと言われた言葉に思わず目を丸くする。彼はいたって真面目に笑っているから、叱咤することもできない。珍しく声が出ないわたしに代わりタルルはウキウキとした様子だった。あぁ、これが若さか。



「知ってるんすよ〜。ガルル中尉、有給溜まってますよね!ぜんっぜん休まねーんすもん!」
「いや、休息は充分…………」
「ガルル小隊の慰安旅行も兼ねて!ガルル中尉の行きたいとこ行きましょーよ!」



そうと決まったらと張り切りだすタルルに半ば無理やり手を引かれる。鼻歌さえも歌いだした彼はもう止められそうにはないなと思って、反論するのはやめておいた。きっとタルルによって押し切られる旅行の行き先を知ったら皆驚くに違いない。



(思いがけず貴方に逢えそうだ…………


笑ってくれるかは、君次第だ。


 

 

 

 


押され気味中尉。放っておかれたヒロインはきっと拗ねてる。

(06.11.16)