薄暗い照明の中で、品よく並べられた椅子とテーブルを抜けた先にあるカウンターに近づき、いつも同じカクテルを頼むのがの日課になっている。一日の終わりを手酌で、しかも一人酒なんてのは寂しい気がしたし、けれど任務のあとで同僚と顔を突き合わすのも面倒だったので一人で飲むという選択肢を選んだ。喧騒や酔った人の気配が、一人だと感じさせない。誰も干渉しないのに、常に傍に誰かがいるような感覚が好きだった。
このバーは、ぼやけたオレンジの映える店内を気に入っている。照明を覆っているガラスのカットが絶妙なせいかもしれないが、美しい反射が部屋中を満たしていた。それをぼんやりと眺めながら、今日も彼女は店内と同じオレンジのカクテルを舐めている。
時刻はもう零時を過ぎていた。本来ならとっくに帰っている時間だ。明日の任務に響くことを考えれば、深酒はやめたほうが懸命だった。けれど同じカクテルを四杯も頼んで、馴染みのバーテンダーを驚かせている自分が居る。


「……………あれ? 奇遇っすねぇ」


四杯目のカクテルを飲み干して、空になったグラスを重いまぶたのまま眺めていると、店内にそぐわない明るい声がかけられた。そちらのほうに首だけを向ければ、やはり店内には似合わない水色の若いケロン人がいる。片手に自分用のグラスを持った彼は、そのまま隣に腰を下ろした。許可はしていない。


「珍しいじゃないっすか。さんがこんな時間まで飲んでるなんて」
「……………」
「オレはダチと飲んでたんスけど、さんが見えたから抜けて来たんス。大丈夫っすか?」


ぼんやりと彼を見ながら、は頭を抱えたくなる。嫌がらせのようだと感じた。わたしは考えるためにここに来たのではない。考えることを放棄したから、ここに来たのだ。
友人のもとにさっさと戻れ、とか、大丈夫って何がよ、とか。そんな意地悪な単語が浮かんでは消えて結局は喉元にさえのぼらない。の中では彼の存在も四杯目のカクテルが空になっていることと同じように、取るに足らないものなのだ。


「タルル」
「なんすか?」
「ゾルルに返事はしてない。今はそれを考え中。言いたいことや助言があるのだったら聞くけれど、ただの野次馬やデバガメなら引っ込んで頂戴」


彼の聞きたいことを簡潔に、酒に酔った頭で整理する。タルルはちょっとだけ目を開いて、それから口ごもりながら謝った。彼が謝る必要などない。けれど、わたしの視線や態度や雰囲気が彼に謝れと信号を出しているのはわかっている。自分の機嫌が悪いと理解しているのに、人を思いやれるほど余裕がないことを優しく伝えられないもどかしさが不快だった。


「あ、の、さん。オレ別に結果が知りたいわけじゃなくて」
「…………」
「ただ、その、兵長はいい人っすから。それだけ、伝えたくて」


彼はそういい残すと、がたんと勢いよく席を立つ。どちらのグラスにも酒は入っていなかったので、こぼれることはなかった。タルルはわたしをまっすぐに見ている。言葉を捜しているのではなく、わたしの言葉を待っている。答えではなく、わたしの意見を知りたいと純粋にたずねている。わたしは視線をけだるげに落として、テーブルの隅に活けられた一輪の花を見た。青い花弁のあの花の名前を、わたしは知らない。
けれど、荒野に猛るように咲く鉄の刃の優しさなら、痛感している。


「知ってるわ。そんなこと」


吐き出された自分の声は不機嫌そのものだった。
タルルは微笑み一礼すると、バーテンダーにカクテルを頼んで自分の席に戻っていった。しばらくすると彼の頼んだ青いカクテルはわたしの元に運ばれてくる。あの方から、と恭しく渡されたその酒の名前は「青い春」という。なんとも彼に似合いの酒だった。舌先で舐めて、柑橘系の甘酸っぱさと清々しく甘い匂いに、うっすらと笑う。あぁ、やはり味までも彼そのものではないか。
お金ばかりかかるこの飲み物を煽って、わたしは口元を拭う。喉を鳴らして飲み干したそれが、彼の言葉と一緒に体にしみこんだ。


































(07.09.29)  小話で連作をやってしまいました。はじめは上等兵。