「ねぇ、知ってる?クルル。雪ってよく見ると六角形なのよ」
「…………知ってるに決まってるだろ。ケロンにはふらねぇがなぁ」
「そか。外に出ないから、知らないと思ってた」
「馬鹿にしてんじゃねぇよ」
「してないよ。ただ、実際に見たり触ったりしないと忘れちゃうものもあるかもしれないよ?」


の忠告に、オレはきっといつもの憎まれ口で返答をしたのだと思う。 はオレの返答に気分を害すわけでもなく、次の話題を口にする。ころころと笑う声はとても高く、よく耳の奥に残る印象的なものだ。 はオレの話をよく聞きにくる。他愛のない話だ。ケロンのことはもとより、オレ自身のことも、そしてよくこれからの話をした。


「明日を怖いと思うときはある?」
「はぁ?そりゃ、なんの冗談だ」
「冗談じゃないよ。わたしはあるの。明日が、とてつもなく怖くなるときが」


あるとき はとても真剣に、自分の手をみつめて言った。そこに何かあるわけでもないのに固く握った拳を見つめ、それからオレに視線を移す。笑ってばかりいた女だったから、その顔はとても意外だった。 はそっと、まるで誰にも聞かれまいとするように言葉を口にした。


「クルルも、わかるときが来るよ」
「…………」
「怖くて堪らないときがくるの。とても、不安で前が見えないときが」
「不確定要素に怯えたって、仕方ねぇだろ」
「生きているんだもの。割り切れないものはたくさんあるよ。それでも、きっとそとのきは来るから」


そんな真面目な話をしたのは初めてで、 が真剣にその話を持ち出した意図はわからない。けれどそのときラボにいたオレたちはしばらく無言でお互いを見つめあったあと、笑った。らしくないね、と が言って、オレは何も言わずに笑い続けた。笑ってしまわなければ払拭できないものにもう捕らわれていたのだけれど、オレたちはそれでも逃げ出したかった。


「一緒に、考えようね?」
「ク?」
「クルルがそう思うときがあったら。不安で怖くて堪らないときが来たら、一緒に考えよう?二人で考えたらきっといい考えが浮かぶよ」


そういうと、 は首を傾げて笑った。
今ではいけないのかと問うたら、クルル自身が問題をわかっていないから駄目だと断られた。それがとても残念だった。後悔している、と言ってもいい。そのとき確かにオレはその恐ろしさを知らなかった。けれど は不安で仕方なかったのだし、恐怖を訴えていた。少しでもそれを無くしてやれればよかった。たとえオレにその恐怖が理解できなくても、アイツが言うように二人で考えれば答えは出たはずなんだ。
それがとても、心残りだ。



『…………ピー…………』



再生の終了を告げる機械音が自前のヘッドフォンに響く。瞳を開けば、そこには冷たい天井と無機質なコードがうねる世界が広がっていた。
画面に映るのは、 の映像。地球にいたときに撮っておいた、秘蔵ものだ。


「悔しいが、お前の言うとおりだったぜぇ」


ひたり。固めていた足を動かし、画面に映る の頬に触れる。笑っている はいつも笑っていたからどんな写真も映像も、笑顔ばかりが目立って華やぐ。だからこそ、この思いは辛く積もって、溶けやしない。
触られた画面がわずかに歪んだ。指先の感触はあいかわらず冷たい。そういえば の肌の感触はどんなだったろう。髪は、目は、唇は?あの感触をもう一度思い出したい。


「なぁ、 。聞いてくれよ。笑える話だ」


答えるはずのない少女に向かって、クルルは呟く。独白は、懺悔のように部屋に響いた。


「…………明日が怖くて堪らねぇ」


君のいない明日が空虚で恐ろしく、生きている実感を見出せない。
生きる亡霊のようなオレは、ただお前の夢を見る。




なぁ、こんなに恐ろしい思いを、お前はしてたのか。




今なら一緒に考えられる。オレの寂しさでお前が埋まったりしないか細心の注意を払うから、忘れそうな懐かしいぬくもりで包んでくれ。いつもお前は甘い花の匂いがしていた。その記憶までも、このままでは溶けてなくなってしまいそうなんだ。
雪の降らないこの星は、お前を結びつけるものが極端に少なく寒い。









(画面の隅、忘れないために取り付けられた時刻が二つ。母国ではない、その星の時間は君と共にあるために)



 

 

 

 

 

 

 

 


(06.01.19) メルフォで、「呆れてもいいよ。それでも君が好きだから」のご感想を頂いたので。

        クルルバージョンなぞを書いてみました。相変わらず甘さの足りない夢です。