昼下がり、ケロロがわたしの元を訪れた。小さな手足をいつも以上にばたばたと忙しなく動かして、明らかに緊急事態だと叫んで駆けてくる姿は奇妙だ。わたしはギロロと二人でお茶を飲んでいたのだけれど、彼は常に騒がしい隊長のことなど歯牙にもかけない。どうした、と言うかわりにまたかと視線をわたしに流して肩を竦める。わたしもどうしたらいいかわからず曖昧に頷いた。


「どうしたの?」


とりあえず、聞いてみる。ケロロは走ってきたせいで切れている息を必死に整えながら、わたしに「やば」とか「く、る」とかわけのわからない言葉を並べた。呆れたギロロがケロロに自分の分のお茶を渡して、ケロロは勢いよくそれを飲み干した。


「たいっへんなので、あります!!」


飲み干したと同時にカップをテーブルに叩き付けんばかりに置いて、ケロロは叫んだ。大変?何が大変なんだろう。彼の大変はいつも当てにならず信憑性がない。大抵が可笑しな物事と関わったために舞い込むアクシデントばかりだった。わたしたちのそんな視線に気付いたのか、ケロロは否定するように首を振る。


「今日は本当に大変なんで ありますよっ!クルルが、ここ最近ラボに籠ったまんま出てこないんであります!!」


ひく、とわたしはカップに伸ばした腕を一瞬だけ止めた。しかし彼らは気付かずに話を続ける。ギロロが大きなため息をついた。


「そんなことはいつものことだろう。大体、籠っていると言っても、食べることも眠ることもしているはずだ。ガキじゃあるまいし」


わたしはギロロのため息に応じるように「そうね」と返事をした。あまりにも心のこもっていない声だ。けれど二人は気付かずに、ケロロは拳を握って自分の意見を曲げようとしない。


「それがー!違うんでありますよ!我輩だってそれくらい予想したのであります!でも、モア殿に調べてもらったらラボのメインコンピュータは二週間も稼動しっぱなしだし、切れそうだって言って取り寄せた固形栄養食品は倉庫に入れっぱなしだし!水だって満足にないのにラボのロックが開いた形跡がないんでありますよ!これはもう中で干からびてるか、果てはとうとう狂人の一歩に踏み込んじゃったのかも!!!ゲロ〜、どーしよーギロロ〜」


情けない声だった。これでケロン星では成人しているというのだから驚きを通り越して呆れてしまう。ケロロはギロロに泣きつきながら、彼の正義感に望みをかけてすがっている。きっとこの後の伍長の決断と行動は、彼らが友人であり部下である限り代わらないのだろう。


「チッ!仕方ない。俺が扉をぶち壊して…………!!」


ほらね、やっぱり。わたしは自分の予想があたったつまらなさに口角をあげた。


「その必要はないよ」


そして出来るだけ静かに、二人の耳に届く範囲の声をだした。慎重に言葉を選び、刺激しないように丁寧に振舞う。わたしはさながら猛獣使いのような面持ちで、侵略者に向き合っていた。


「それは、わたしが頼んだんだから」


クルルが、二週間も飲まず食わずでラボに籠らなければいけないほどのものをわたしは頼んだ。あまりにも単純に、子どもがお菓子をねだるように、わたしは要求した。




「何を頼んだんでありますか?」

「何が欲しいんだぁ?」






二人の声がわたしの記憶にシンクロして蘇る。わたしはそのとき、きっと極上の笑顔をしていた。


「夏美ちゃんみたいな、パワードスーツ」


二人はやはり、クルルのように驚いた顔をしてわたしを見ていた。


「ケロン人にも解除されない、全宇宙の誰も敵わないスーツを作って欲しいの。
もちろんクルル、あなたもね」
「…………オレ様が敵わねぇもんを。オレ様が作り出すのかよ」
「そうよ。あなたになら出来るわ。クルルになら絶対、出来る。だからお願い。
ギブ&テイクなら、わたしの持っているもの全部あげるから」


何を失っても、構うものか。


「クーックック!……………………お前はそれを自分のものにしてどぉすんだよ」


「決まってるわ。地球を守るの。
わたしがいて、クルルがいて、笑いあえて、愛し合える。この星を守るためならどんなことだってするわ」


わたしはそのとき、人生の中で一番清々しく笑っていたと思う。


「了解…………クーックック!腕がなるぜぇ」
「ありがとう。…………でも、もしも必要ならケロン星だって敵に回すわ。
そのとき気が変わったら、敵に回ってもいいからね」


Ifの世界を思い描いて、わたしはそのとき絶望的に笑っていたと思う。

 



ケロロもギロロもわたしの話に口をぽかんと開けたまま、大きな瞳でわたしを凝視している。そんなに突飛な話だったのだろうか。彼らの中ではこの幸せは悠久に続くものだったのだろうか。わたしはそうは考えられなかった。いつも不安で、足元の地面は実はないんですよ、と声をかけられたら落ちると本気で信じてしまうほど怯えていていた。現実に立ち向かう術を持たず、ここにいるわたしはなんて受動的で愚かなんだろう。


あぁ、クルル。わたしの考えは間違っているの?あなたの答えを教えて。

 




暗いラボの中、二週間の不眠不休の末、そのカエルは出来上がったものを見て笑う。


「完璧とは言えねぇが、この世の誰もお前に勝てやしねぇよ」


この史上最凶のスーツを理解するオレは、はなからお前だけにはかなわねぇ。










(壊してしまえ。邪魔するものがあるのなら。そのためにオレがお前の敵に回ることなどありえない)







 

 



 


(16.12.17) はっきり言ってただの願望。あのパワードスーツ欲しくないですか?

        曹長は、作ってくれますよ。絶対。