わたしたちのいいところは、細かいところに頓着しないところだと思う。たとえば、食事の場合、彼は好き嫌いなくわたしの手料理を食べてくれる。キライなものが極端に少ないせいかもしれけれど、失敗した料理もちゃんとたいらげてくれる。無言で、美味しいともまずいとも言わず、もくもくと口に運ぶさまは機械的な動作だ。おなかを壊すんじゃないかというほど食べても、彼は苦しいとうめくこともない。
わたしたちのいいところは、お互いに深く干渉しないことだ。たとえば、一緒にいるとき、彼はわたしの傍を離れない。言葉に語弊があるかもしれないけど、それはひっついているとか世間一般に言うカップルの行為などではない。ただ同じ部屋に居るだけ。空間を同じくしている、と言ったほうがいいかもしれない。相手の呼吸がわかる範囲で、相手の視線を捕らえられる範囲で、ちょっとしたくしゃみなんかでも反応できる距離にわたし達はいつもいる。けれど、だからといって会話が弾むわけではない。
わたしたちのいいところは、性格が概ねあっているところだ。彼は神経質そうな見た目からが裏腹に、たいていのことが大雑把だ。よくものを無くすし、壊す。そしてそれに執着しない。だからわたし達の周りには常に新顔のものたちが溢れている。あるかないかくらい把握すればいいのにといつも思うのだけれど、彼はそのとき必要なものをそのときに買ってしまう。だから引き出しの中には使い半端の電池が山ほどあるし、わたしはそれに不自由することはない。逆にわたしは家にあるだろうと決め付けて、その場で買わなかったことを後悔するタイプだ。だから、彼が少しうらやましいと思うことがある。
「それガ…………………どうしたんダ? 」
彼はわたしの独白を一通り聞き終わったあとに、静かに告げた。静かな声だ。わたしはこの声がとても好きだ。簡潔でシンプル、わたしの欲しい言葉をくれる、愛しい唇。
「うん、わたしから一つ提案があるんだ」
彼は短気というほど怒りっぽくなかったけれど、焦らされることは嫌っていた。だから、わたしは微笑んで目の前に座る彼の手をとった。少し、彼の瞳が暗い。どうしたんだろうと考える。不機嫌になる理由がわからない。思い出話はキライだったかな、と思案するけれどそんな記憶はなかった。
「ゾルル?」
「あァ」
「気分が悪い?」
「すこ、シ」
「あ、そうなの? じゃあ話は」
「いヤ。話セ」
握った手が強く握り返された。わたしは彼がなぜ切羽詰った様子でそうしてくるのかわからない。仕方がないので、彼の言うとおり話を続けた。
「あのね」
「………………」
「顔真っ青だよ、ゾルル」
「いいカら…………続けロ」
まるで満員電車で酔ってしまった女子高生みたいだ。弱々しい声を出すゾルルは、今にも倒れそうだった。わたしの手を握っていることで、かろうじてそこに座っていられる、そんな感じの危うさ。
「いや別に大したことじゃないんだけどさ、なんていうかわたしってゾルルのことすごく好きなんだなーってことを再確認しちゃったからそれをたまには言葉にしてみようと思い立っただけで、うん、そんな畏まらなくてもいいんだけど。今回も無事にゾルルが任務から帰ってきてくれたから余計にそー感じちゃったんだんだよね。いつも一緒にいたから居てくれないと寂しくって仕方なかったのって何言っちゃってんだろっ!わたしってもしかしてノロけてるのかなぁ、まぁいいや。つまりねわたしはゾルルが大好きってことなんだけど、ゾルル気分悪いんだよね大丈夫?…………あれなんでそこで脱力すんのよ、わたし変なこと言った?おーい、ゾルルっ聞いてるの?ねぇってばー!」
床に顔面から突っ伏したゾルルは、そのまま30分ほど彼女の言葉を無視し続けた。
(別れでも切り出されるのかと思って、心配していたなんて言えるわけがない)
(07.09.20) どきどき兵長。なんでも一喜一憂すればいいよ。
|