自分がそんな行動を取るなんて予想もつかなかったし、加えて弁明するなら今朝の占いでもそんなことは言っていなかった。今日はちょっとミスが多いでしょう。けれどもその失敗は取り戻せます。なんていい加減な未来予知と助言だろう。そのせいでわたしはたった今大きなミスをして、取り戻せないものに喘いでいる。不覚だった。後悔だらけだ。あぁ、どうか神様ってヤツが本当に居るのならばわたしを五分前に戻して!


「あの?」


目の前の、水色の肌をした若いケロン人が不思議そうにこちらを見ている。そうだとも。可笑しいのはわたしだ。ファーストフードの店員らしく安っぽい制服を着て、大量生産のバーガーを運んでジュースを準備し、ストローを持ったまま静止している変な女だ。まったくなんてことだろう。先ほどから店内のざわめきさえ聞こえてこない。女子高生の笑い声もサラリーマンの電話の声も、もちろん店長の怒鳴り声だって耳に入らない。
だって彼はなんと言ったわたしはなんと答えただってそれは彼があんなことを言うからだそうだ悪いのは彼だ彼なんだ混乱したのも墓穴掘っているのも全部全部全部全部!!


「あー・・・・あの、店員さん?」
「は、はいィっ?!」


声が上ずって思わず一歩後退してしまった。彼はきょとんとした顔でこちらを見ている。わたしは自分の奇行なんかよりも彼のその表情に見入ってしまった。その表情は始めてだ。彼は友人とよくこの店を訪れて笑ったり怒ったり冗談を言ったり、ときには照れたりしていたけれど、そんなあっけに取られた表情ははじめてみる。なんだか嬉しい。そう考えて、そんな顔をさせている自分に気がついて赤面する。なんだか恥ずかしい。
トレイの上、バーガーとポテトとジュースが所在無さげにぽつんと置いてある。彼は笑ってもくれない。否定したり拒否したり、たとえば気味悪がって離れようともしない。どうしてだろう。そうされれば、わたしは店長に叱られて引っ込んでしまえるのに。
泣きたいけれど、こんな公衆の面前では涙なんてすぐに引っ込んでしまいそうだった。


「なんか、恥ずかしいっすね」
「………はい?」
「や、だから、これだけ注目されると」


彼がほんのりと頬を赤くしてそう言った。彼の発言に、わたしはようやくあたりが本当に静かなことに気づいた。わたしの耳が彼以外の音を遠ざけていたのではなく、店内は静まり返っていたのだ。ついさっきまで煩かった女子高生も、会社に連絡を入れている会社員も、怒鳴っていた店長も、みんな黙ってこちらを見ている。わたしは恥ずかしくなって彼以上に真っ赤になった。明日からお店に出られないと確信する。けれど彼は、わたしを見て微笑んだ。


「…………何時に、バイトあがりなんスか?」
「へ?はい。ええと」
「うん?」
「あと、五分、ですけど」


この場で唯一活動をやめない無機物を見て、わたしは答える。彼は満足したように笑って、年に似合わず堂々と胸を張った。背筋がぴんとのびる。けれどレジをはさんだわたしのほうが、少しだけ視線が高い。


「じゃ、待ってるっす」
「え?」
「あとそれ全部お持ち帰りで。もちろん、さっきのも冗談じゃないっすよね?」


下がった手をつかまれて、わたしは逃げられなかった。慌てて首を縦に振る。まさか冗談なわけがない。冗談であんな恥ずかしいことが言えるほど、わたしにはユーモアのセンスはない。だからあれは、本当に本気だった。
その瞬間に、店内にわっと活気が戻った。おめでとう、お幸せに、やるねぇ!どれもこれもがわたし達を祝福している声ばかりだった。びくりとしてあたりを見回し、わたしはそれでも理解できない。隣で友人が、彼が頼んだものをお持ち帰り用の袋につめ始めている。つめ終わったそれを持たされて、満面の笑みで肩を叩かれた。店長が、もうあがれと頭を抱えて手を振っている。視線をあげると働き者の無機物は、長い針を五分経過させていた。わたしは冷め始めているバーガーを脇においてすばやく着替えて店内に戻った。彼に袋を渡して、相変わらずこちらを見つめる群衆にあいまいに笑う。どうすればとうろたえると、彼がわたしの腕を引いてそのまま駆け出した。もうわたし達の頬はこれ以上ないほど赤く、頭の中はパンクしてしまいそうだった。けれど手を引かれて外に出て、わたしはなんだか泣きたいくらい嬉しくなってしまったのだ。


























「たこやきバーガーのセットで、ポテトとドリンクはLにしてほしいッス。んでドリンクはコーラで」
「はい。かしこまりました」
「あ、あともうひとつ」
「はい。なんでしょうか?」
「スマイルを、ひとつ」
「はい?あぁ………おひとつで、よろしいですか?」
「…………うーん、それ、出来ればお持ち帰りはできないっすかね」
「ではこちらになりま…………はい?」
「だから、お持ち帰りで」
「はぁ……………えぇと、スマイルをお持ち帰りですか?」
「はいッス」
「わたし、ですか?」
「もちろんっス」
「………………お客様」
「?」
「あの……………こ、こちらの商品は返品不可となっておりますが、それでもよろしいでしょうか?」


彼の承諾の声は、とても高く澄んでいた。







































(07.10.08) 恥ずかしさの割り勘。てか、タルルを書くときのわたしのテンションが可笑しい。