普通の地下に、普通ではないものと暮らしながら、それでもわたしは彼に普通を要求していたのかもしれない。



いつものように訪れたケロロの部屋で、わたしはいつものようにガンプラと向き合う彼を見つけた。床の上に新聞紙を引いて、その上で作業をする彼は真剣そのもので鬼気迫るものがある。追い詰められた漫画家というよりは、山腹の中ほどまで上り続けた登山家のように自己の向上と目標達成のために情念を燃やす。そんなとき彼は、大抵のことが耳に入っていないことが多い。生返事を返されイラつく相手を感知することもないなんて、大した精神力だと感服する。


「ケロロ、来たよー」
「あー」
「呼ばれたわけじゃないけど、ここに居てもいいでしょ」
「うんうん」


当たり障りのない答えだ。彼が答えてくれたそのどちらもが、わたし個人に発せられたものではない。自分の状況を覆されないための最低の予防線。最後の砦。完全に周囲を遮断仕切れない彼の葛藤の最たるものだと思う。例えば彼の部下の黄色いカエルならば、ラボに閉じこもり誰とも会わない日が続いても自己の欲求を満たすためならそれすらも厭わないだろう。
しかし、それを彼は出来ない。
完璧に自分の周りに何も置かずに、誰もいない状況で自己を保つことが出来ない。最初はこの人のあっけらかんとした所が魅力的だと思った。思慮の深さも、一応部下全員に慕われているところも、意識化ではないものも多いのだろうけれど、彼が他人を惹きつけてやまない魅力であったのだろう。


でも、年月を重ねるに連れて強さばかりではなく弱さも知った。
彼は周囲が自分の元に集まることには無頓着なのに、離れることは過敏だった。普段は自分さえも付かず離れずの距離を取るくせに、いざ相手が本気で傍からいなくなろうとすると自分の全てを使って止めに入る。まったく見上げた根性だ。彼は星さえも裏切って地球に立っている。そのおかげで、わたしたちは離れずにいられるのだろうけど。


「ケロロ」
「うー?」
「そろそろ、雪が降るんだよ」
「ほーほー」
「綺麗なんだよ。ケロン星にはないって言ってたけど、今年も見られたらいいね」
「うんうん」


少し会話になっているところがまた憎らしい。
わたしは思わず緩んでしまう頬を隠そうともせずに立ち上がった。別段用事というものもなかったし、これ以上ここに居てもケロロはガンプラから離れそうにない。彼がそこにちゃんといるということだけ確認できればいいやと思っていたから、落ち込むこともないのだ。


「じゃ、わたし帰るね」
「待つであります、 殿」


扉のノブに手をかけた瞬間に、声をかけられた。振り返れば膝に付いたガンプラの屑を払い落とし立ち上がるケロロ。「よっこらしょ」かけ声が親父臭い。


「そーろそろ我輩も外に出ようかなって思っていたのであります。だから、一緒にいこ」
「…………」
「うあ〜。外は寒いんでありましょうな。手袋手袋、それにマフラーも準備しなければ。おや、 殿、何をそんなに盛大にため息をつくことがあるんでありますか?」


部屋の端にかかったマフラーや手袋を装着する彼が不思議そうにわたしを見た。
当たり前だ。あなたの性格を知ってなお、ここで何も知らない女を演じろって言うんじゃないでしょうね。それは無理だわ。


「まったく、呆れるわ」


ケロロの幸せは自由と一緒に出来ている。自由で、皆が周りにいて、笑っていられて、多分今だったらわたしが傍にいることがその条件に含まれているのだろう。それをトボけて誤魔化してしまうものだから、彼の本意は隠れてしまう。
一緒に居たいなら、居たいって言えばいいのに。


「素直じゃないんだから」


わたしはそう言って、彼の歪んだマフラーを直した。彼は罰が悪そうに笑って、それでもはっきりとわたしの瞳を見据える。



「こればっかりは性分でありますからなぁ」



あぁ、これは改善する気はないなと理解して、わたしはまた盛大にため息を吐いた。



 

 

 

 

 


(06.12.03)離れたくない、でも必要以上に傍によって自分が壊れるのが嫌だ。

       それでもやっぱり離れて欲しくないから、都合の距離感に自惚れて手を離さない。

       ケロロは一番一番、自己中心的。

       彼らの独占欲〜ケロロ編〜