とりあえず絶対謝ってなんてやらない。
「そんなこと言わずにさ。ー。許してあげなよ」
「やだ。夏美の頼みでもそれだけはイヤ」
「なんで?そんなに怒ってたように見えなかったのに」
「あのときはね。だって怒りで一瞬我を忘れたんだもん」
日向家の夏美の部屋で、はクッションを抱きながら夏美にきっぱりと言い放つ。それを出来るだけ近くで盗み聞きしながら、彼女がやっぱり怒ってることを再確認してたらりと冷汗が流れた。
「我を忘れたの?、それは心が狭すぎるよ」
「せーまーくない!あたしは絶対許さないもん」
「えー。あたしから見ても可哀想だと思うよー?」
「可哀想じゃないもん」
ぷぅと、頬の膨れる音が聞こえるようだ。はめったに怒ることがない。その彼女が怒っているのだから、そう易々と怒りは解けてくれないだろう。だからといって自分に彼女のご機嫌をとることは難しい。たぶん彗星が地球に接近するくらいの確率でしか、成功する見込みはないだろう。あぁ、次のハレー彗星のとき何歳はなんだ。
「でもさ、ほら。替えのきかないものでもないじゃない?」
おぉ!!夏美殿いいこと言った!!
そうだよそうだよ。別に祖母の形見ってわけでも、命よりも大切なものってわけでもないし。彼女にそれに見合うものをプレゼントすればいいんだ。もしくは同じものを。探すくらいわけはないし、それならきっとも納得するはず・・・。
「あの日あのときあの場所だから、意味があるものだもん!替えなんてききません!!」
…………ないでありますよなぁ。
うん。それはわかってるよ。すっごい楽しみにしてたって知ってたよ。でもそういうの見てると意地悪したくなるっていうか、そればっか見てるからこっちも見てほしくなるっていうか、ぶっちゃけ注目してほしかっただけなんだよ怒らせるつもりなんてこれっぽちもなかったんだ。なんて、そんなこと今更言っても無駄でありますな。
「ねぇ、ほんとーにダメ?許せない?」
「・・・・・・」
「ー?」
「・・・・・夏美の意地悪。なんだか、あたしが悪い人みたいじゃない」
「あら、よぉくわかってるわね」
「えぇ?!そんなつもりだったの!!ひどい!!」
「ひどくありませんー。ひどいとしたら睦実さんに気に入られてるあなたのほうがよっぽどひどいですー」
「え、は?なんで睦実さんが出てくる・・・」
「そうであります!!睦実殿は関係ないっしょー!!!」
思わず飛び出して、二人の視線が自分に止まった瞬間にまずいと悟った。自分の話の最中に他の男の話が入ってしまったためなのだが、これはいささか無計画だ。
「ちょっとボケガエル―。あたしが宥めて、罪滅ぼしの方法を聞きだしてって言ってきたのアンタでしょ。それなのにそのアンタが出てきてどうすんのよ馬鹿―」
「え、そうだったの夏美。ハメられたの、あたし?!」
「いや、それはそのぅ」
「まぁいいや。とりあえず、言いたいこと言えたし。、許して上げなよ。ボケガエルも反省してるからさ」
言いたいこととは許してあげろと言った事なのか、はたまた睦実に気に入られてずるいとそういうことなのか、はっきりとした答えは残さないまま夏美は「がんばれ」と実も蓋もないことを言って去っていってしまった。残されたのはハメられてますます不機嫌になってしまったと、なんら解決策を思いついていない自分自身だけ。
「殿、その・・・・あれは我輩が悪かったであります」
「・・・・」
「反省してるし、その、弁償だってするでありますよー」
反応はない。むすっとしたまま天井の角を見上げて、は唇を引き結んでいる。あぁ、どうしようこんなことならあんなことするんじゃなかった。ただの、ほんの出来心だったのに、それが彼女をここまで怒らす結果になるなんて予想もしてなかった。いつものノリで軽くかわしてくれると思ったのに、心の深い部分をえぐってしまったらしい。自分は少しばかりタイミングと運が悪いのだ。
「本当に、反省してる?」
しょんぼりと俯いていると、の声。驚いて顔をあげて、首を勢いよく何度も下げた。
「してるであります!そりゃもう、山より高く海より深く!!」
「んーじゃあ、許してあげてもいいけど」
「ホントでありますかっ?」
「うん。でも、償いっていうか、埋め合わせはしてね?」
小首をかしげて、眉を険しくさせたままがそういうものだから我輩はやっと緊張がほぐれて新鮮な息を吸い込んだ。なんだか目にうつるもの全ての活動が中止していたように感じる。彼女の周りに花が咲く。
「するでありますよぅ。それこそ殿が今までに見たこともないような素晴らしいものを持ってくるであります」
「わぁ、ほんと?じゃ、今度の日曜日に来てもいい?」
「了解であります!この任務は死んでも遂行するでありますっ」
彼女の顔がぱぁっと輝くから、ついつい大きくでてしまった。けれど、さっきの無言の圧迫に比べれば、どうということもない。しかもデートの約束まで取れてしまったのだからこの状態は喜ぶべきことなのだろう。我輩が喜んでいると、が「あ」と声をあげた。
「でも、またショートケーキの苺食べたらもう許さないからね?」
訝しげに覗くがあまりにも可愛らしいから、我輩は笑って頷いた。
苺一つで機嫌を損ねるお姫様がそれなら良しと笑ってくれる。
極上のショートケーキに乗る苺を見たら、またそんなふうに笑ってくれるんだろうか。
きみと過ごす日曜が物凄く楽しみだ。
(07.08.09) 拗ねるのが得意な女の子は案外かわいい。(ショートケーキはわたしの趣味です)
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