あるときに偶然出会った一人の少女の話をしようと思う。
彼女は可愛らしい。
僕と一緒にいるときの彼女はとても快活に笑う。不思議なことや新しいものをみつけることに長けていて、珍しい植物や面白いぶち模様の猫を見つけたりする。そんなとき彼女はとても可愛らしく笑う。世界の真理を見つけた学者はきっと高らかに笑うのだけど、彼女は自分の中の欠けた部分が埋まったようなほっとした表情を浮かべる。高慢ちきに、自らの発見をひけらかすのではなく、誰かに共感してほしいわけでもなく、音にするなら『ほろり』と笑う。別に泣いてるわけではなくて、こんな感じなのだ。もちろん僕を見つけたときも、驚くよりも笑ってくれた。まるで僕を見つけることが当然であったかのように笑うから、思わず僕も笑い返してしまった。
彼女は綺麗だ。
初めてそう言った日に、怪訝に眉を潜めた表情を覚えている。彼女はまるで雨の日に傘を差さずに「今日はいい天気ですね」と言った変人を見るような目つきで僕を見て、それから「あぁ、隣の白猫?彼女って美人よね」と真顔で返答した。あまりにも真面目にそう言ってくるから僕は慌てて、「君だよ」と付け加える。そうするとますます君は瞳を一杯に開いて、眉間に皺を寄せ、まるで「今は雨が降ってるんですよ」と親切に教える聖人のように声を落とした。それは小さく諦めているようで、僕を相手にしていない否定の言葉だった。本当は嬉しいとかお礼とか、社交辞令でしょうと非難するわけでもなく、ただ否定した。完璧な否定。どんな難しい裁判も勝ち抜いてきた弁護人が手も足も出ないような答え。僕は返事が出来ない。この否定を覆すのは難しい。だから僕はこの冷酷な検察官に勝訴することは考えずにもう一度呟いた。「
殿は綺麗でござる」彼女はもう眉を潜めたり、眉間に皺を寄せたりしなかった。ただ相手にならないわと言った感じに、肩の力を抜いてハッとため息を吐いた。(実はこれが僕にとっては一番効いた)
彼女は賢い。
彼女は大抵のことを知っていた。古いこの国の言葉から、外国の童話、世界史日本史、聖書や憲法、とくにこの世界の成り立ちに興味があるらしく自分の考えを話すときの彼女はいつもの三倍は輝いていた。(いつもというのは「今日は曇りで飛んだ鳥は昨日よりも23羽も少なかったのよ」と開口一番に言うときよりも、ということである)地球がどうやってこの世界に誕生したかという話に始まり、宇宙の創造を熱心に考える彼女は自分の持っている知識全てを使って楽しんでいた。僕も地球のことを『生まれた』と表現する彼女が面白くて、何時間話を聴いていても飽きなかった。でもそんな想像力豊かな彼女は現実には相当ドライで冷静だった。政治家への批判は下らないと一蹴し、戦争が始まるというニュースには共食いかしらと鼻で笑い、少年たちの絶望的な犯罪には退屈な人が多いのねとあくび交じりに答えただけだ。あまりにも冷たい物言いだった。僕はそれが嫌だったわけではなくて、寂しくて、反論したことがある。けれど彼女は熟年した先生のように笑って、「所詮人間のすることなのよ。事実は小説よりも奇成りというけれど、だからって誰も予想しなかったわけじゃない。例えば少年犯罪だけれど、みんな考えなかったわけじゃないのよ。ただ『考えたくなかった』だけ。ねえ、そんなことよりもあなたの話をしない?そのほうがずっと有意義だと思うわ」と言った。僕のウイークポイントだった。その話題になると僕が黙ることを知っている彼女は、きっと神様の正体だって知っているに違いない。
彼女は優しい。
ある日、僕が彼女に会いに行くと変な感じがした。彼女の表情も服装も声も何も変わっていなかったのに、なんだか漠然と「変な」感じだった。僕はそれがはっきりしないから、言葉にすることも出来ずに挨拶を交わしてとりあえず「どうかしたのでござるか?」と聞いた。「どうもしないわ。どうっていうなら、あなたの方でしょう」いつもよりも幾分不機嫌な答えだった。僕がおかしい?変なところがあるだろうかと思って、いや、ありすぎてわからないと彼女を見つめなおした。「わからないの?」彼女は理解出来ないと言ったように大きなため息を一つ落として「わたし、人を慰めるのって苦手なのよ」と低く言った。 「だから、何があったか知らないけど落ち込まないで頂戴」 彼女が好きだと思ったのはまさにこの瞬間だった。あまりにもさっぱりと僕を励まして、誰よりもきっぱりと僕を叱った。彼女の横顔は照れているようだったけれど、きっと僕のほうが顔を赤くしていたに違いない。
誰かが誰かを愛すると言うことはとても単純なことだねと笑ったら、彼女はまた呆れたように肩を落としてため息をついた。(これが僕の告白だなんて、君は予想もつかなかったのだろう)
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