褒められる感情じゃないことだってわかっていた。理解していた、でも多分それは理性ではなかった。










夜風に踊る風をなびかせて、わたしは小高い丘に立っていた。夕暮れを終えた地上に届く明かりは外灯と月明かり。どちらが強いかなんてわからないけれど、とにかく自分の足音を照らすには足りている。視線の先には、一本の木と小さな後姿。
ここからでもうずくまっているのだとわかるそれに、わたしはそっと声をかけた。




「こんばんは」




声は返らない。返るはずもないとわかってはいるけれど。
うずくまっている彼をドロロと言う。ドロロはときどきこうやって自分の殻に閉じこもる。それは大抵が悲しい小さいときの思い出が原因で、大抵ケロロという別の蛙が絡んでいた。今もたぶん触れられたくない過去のどれかに誰かが不用意に触れてしまったのだろう。彼の傷は月日に関係なく生々しいのだ。常に血を流しているようなものなのだと、わたしは勝手に考えている。




「いい月ね」




返らない声は気にせずに、わたしは一歩だけ近づいた。
嫌がれるようならまだいい。けれど彼の拒絶はすべてから身を守っているから世界に反応を示さない。怒り狂う人には説得の声が届くのに、静かに怒っている人への対処の仕方はひどく困難だ。初めからわかっていたことだけれど、ここへ来て少しだけ自分の浅はかさを呪った。


理由を知ったなら、あなたは怒るでしょうか?




「明日は雨だって天気予報が言ってたけど、嘘ね。だってこんなに星がきれい」




もう一歩。覗けば彼の抱えた膝が見えるくらい近くに。
ケロロが言っていた、彼はアサシンのトップだって。アサシンという言葉もトップがどれだけ凄いことなのかもよくわからなかったわたしは素直に凄いねと感想を漏らした。けれどあいまいに笑ったドロロは返事をしなかった。ただ困ったように笑って、わたしの横で静かに影を落とした。それが何故かなんて、わかっていたのはきっと小雪ちゃんくらいだったのだろう。


あぁ、あなたがわたしの感情を知ったら、また寂しそうに笑ってしまうのでしょうか?




「寒くない?・・・・・・・・帰ろうよ」
氏」





わたしの背筋をひやりとした風がなでた。ずいぶん久しぶりに聞いた気がする彼の声は硬くて、まるでわたしの存在を拒んでいるようにしか感じられなかった。恐くなって落とした視線を無理やり剥がして前を向く。自分に自信を持てたらどんなにいいだろうか。彼に心を見透かされてもいいような、きれいな理由ばかりが並んでいたらよかったのに。



あなたは何を聞くのでしょう?何を聞いても同じ結果だというのに。





「なに?」





返事をするのが、こぼれる声が、沈んでいた。
それは、これから聞かれることへの答えが自分の中で決まっていないからだ。直前になって嘘を言う勇気などないくせに。


ここに来た理由は「小雪ちゃんがね、ドロロが落ち込んでる気配がするって言ってたから」
一人で来た理由は「小雪ちゃんね、夏美ちゃんと用があるんだって」
あなたに声をかけるのに時間がいったのだって「なんて声をかけたらいいか、考えてたの」
目を見られない理由だって「・・・・そうかな?」誤魔化せる。


かわす自信も練習も一通り済んだところでわたしは目を開ける。踏みしめた草の中に埋もれてしまいそうだ。吐き気がする。自分の醜い心に、消えない罪悪感に、愚かな感情に。


どうかどうかどうか、お願いですからわたしに嘘をつかせないでください。




「小雪殿は?」




わたしはそのとき綺麗に笑えていたでしょうか。すぐわかる嘘にまみれて、ひどく歪んでいたと思うけれど自分にはそれが精一杯だったのです。




「・・・・・さぁ?」





自分の声があまりにも空々しくて笑えた。
それが一番聞きたくなかった名前だとあなたに言ったなら、わたしの感情も少しは理解してもらえますか?



嫉妬、なんて、褒められる感情じゃないけれど。







 


秘めて隠して、押し殺して

(06.06.30)