わたしはこわい。隣人からの弾道ロケットが、庭のどこかに埋められた地雷が、角の先で会う通り魔が。朝、目が覚めるたびに絶望で一杯になる。近所の家の男の子が親を刺した。気持ちが悪い。ルールが平気で破られている。ルールが兵器で壊されていく。役に立たない六法全書を片手に笑うあの人の財布に札束がちらり。海が見たい。キラキラ輝くそれだけを見ていられたら。それだけで満足。あぁでも埋め立てれるあの海岸線はなに。ゴミと土砂と人間が生活するためのすべてがこの星を駄目にしている。だったらわたしたちはなぜ生まれたの。どうして知恵を持ったの。なぜ憎しみあうの。元は辿れば一個の生命体。小さな小さな細胞の塊だというのに。喜びに満ちる空間が欲しい。愛は尊いもののはずでしょう。誰かと共有する快楽が苦しい。わたしたちのアドレナリンの分泌量は少しずつ少しずつ増えていく。もう何もわからない。わかろうとしたことなどない。生きるためには犠牲が必要だと食卓に祈る彼ら。絶滅した動物たちの死んだ理由は何。理解と努力と根性と浅ましい生命力。それだけでわたしはここに立っている。誰かを責めたてるほど強くないわたしは、糾弾に怯えてそれでもここに立っている。月が見たい。天を仰ぐ。街が明るすぎた。 これが、わたしにとっての世界の真実。
「ドロロに守られる価値なんて、ないよ」
少なくともわたしにその価値はない。世界にはもっと凄い人たちがいて、絶滅する動物を必死に救う人や戦争に反対して命を張って立ち向かう人は、もしかしたら助かる価値があるのかもしれないけれど、わたしにはそれを判断することなんて出来ない。絶望的な結論。わたしの心に光は差さない。
「
殿が全てを背負われる必要はないでござるよ」 「違うよ。背負ってなんか、ない。ただ、逃げてるだけだよ」
逃げて逃げて閉じこもって引きこもって世界からの情報を周囲からの愛情を、全てシャットアウトしてようやくわたしは生きている。耳を塞いで目を閉じて、それでも聞こえるこの悲鳴は一体誰のもの。世界のどこに平穏な日常があるというの。少なくともわたしはそんな場所知らない。どんな場所だってわたしの心は休まらない。ただ彼の傍だけは、呼吸が乱れずに済むというだけ。
「拙者は…………この世界を見限る気にはなれないでござるよ」 「…………どうして」 「例えば、春の日差しに揺れる桜の美しいと感じたときに、夏の眩しさと新緑の深さに色取られる小川のせせらぎを聞いたときに、秋の紅葉と実りに感謝する動物たちを見かけたときに、冬の寒さにも負けず土の下で懸命に春を待つ小さな芽を見つけたときに。 …………拙者はこの地球を、心の底から美しいと思うからでござる」
彼はまるで安心したように笑いかける。わたしはどんな表情で返したらいいかわからなかった。彼の周りの世界は彼に優しい。でもそれは、彼が世界に優しいからだ。その手で守れるものを守って、最善策を見つけ出そうと必死に目を凝らすからだ。わたしにはそれがない。 それなのに彼の傍に居続けようとするわたしは、やっぱり浅ましい。
「
殿」 「…………」 「
殿がもう希望を見失ってしまったのなら、無理に目を開くことはない。しかしこれだけは約束してほしいのでござる」
ぼんやりと歪む視界に彼の綺麗な青い手が映った。わたしの手をとって、まるで壊れ物でも扱うように優しく包み込んでゆく。温かい。目が合う。青い青い瞳。この星と同じ青く深く優しい瞳が、少しだけ険しさを含んでわたしを見ていた。
「拙者のこの手だけは、決して離されるな」
すがり付いてでも生きるのだと、彼はわたしに笑った。
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