マフラーの編み方を教えて欲しい、と言われたのは一昨日のことだった。寝る前に寝室に来て、捻りも恥ずかしげもなく言われたので、思わず頷いてしまった。これが例えば学校の友人だったり、桃華ちゃんだったりしたら、ニヤニヤと笑うこともできたのかもしれないのに、彼女に言われればその言葉に深読みをすることも妨げられてしまう。 とりあえずベッドに腰掛け、
を促して二人で座った。
「突然、どうしたの?」 「突然じゃないの。ちょっと前から考えてて、ほらこの前睦実さんと出かけたでしょ?」
あぁ、と記憶を手繰った。睦実は
を気にかけていて、時間があくたびに出かけようと誘っているようだった。それはとても羨ましいことで、睦実がそれだけ
に構う理由を尋ねたかった。変わりに
に出会った経緯を教えてもらえば、「チェシャ猫」と「アリス」と言う謎の関係が浮かび上がり、しかも
の声には恋やそれ以上の感情を乗せるような熱を感じられなかったので、それ以上は聞けなかった。睦実も
のことを話すとき、まるで妹の自慢話をするような口調になる。それはそれで羨ましかったのだが、自分が嫉妬をするような感情は二人の間にはなかった。
「そのとき、毛糸を買ったの」 「毛糸ね。何色?」 「薄い青。冬の空みたいな色だよ」 「綺麗。それ、誰にあげるの?」
なんとなく聞いたつもりだった。けれど、
はきょとんとした顔になる。
「あげないよ?」 「え?」 「自分で使うの。それとも、マフラーってあげるものだっけ?」
理解できない、と言った風に
は首を傾げる。あたしは聞いたことをちょっとだけ後悔した。彼女は色々と世間に疎く、また男女関係や恋人たちの行事には特に関心がないようだった。当然誰かにあげるために、マフラーを編むというのも初めて聞いたのだろう。
「えっとね。贈り物の定番みたいなものだから、マフラーって」 「ふぅん。じゃあ、夏美さんも誰かにあげるの?」 「今のところ予定はないけど…………
ちゃんに教えるついでにあたしも作ろうかな」
確か毛糸もあったし、作る分には簡単なものだ。
は嬉しそうに、顔をほころばせた。
「一緒に作れるの?」 「うん。そうね。赤い毛糸があったし…………」 「じゃあ、ギロロにだね!」
あまりにもすばやい回答に、あたしは驚く。赤い毛糸といわれてギロロを連想するのは仕方ないかもしれないが、いきなりそこを突いてくるとは思わなかった。そりゃ、ギロロにはお世話になっているし、寒そうだけれど、でもなんだか改めてそんなものをわざわざ作ったりする必要はない気がする。作る場面も渡す場面も、想像するだけで赤面ものだった。
「い、いや…………ギロロにはちょっと」 「なぜ?赤は一番似あうと思うのに。ケロロやクルルやタママよりも、ずっとずっと似合うのに」
本当に不思議そうな顔でわたしを覗き込む。
はいつもは大人しく、かつ一歩引いて物事を見ているような感じなのに、知らないこととなると子どもっぽく感心を向ける。この純粋な瞳には曖昧な笑顔は許されない。
「えと、睦実さんとか…………」 「睦実さん?それは駄目だよ。だってこの前新しいマフラーを買っていたもの」
言い逃れを探したというのに、
はそれをあっさりと否定する。困ってしまうのは、
に邪気はなくまた嫌味も含まれていないからだ。ベッドが軋む。
「じゃあ、
ちゃんはドロロに作りなさい!」 「えぇ?!なぜ?!」 「薄い青なんでしょ?似合うわ。ぜったい!」
やけくそだった。ここで彼女が嫌がれば、あたしのギロロへのプレゼント話もなくなるものだと思っていた。けれど、
は少しだけ考えたあとで「そうか」と声をあげた。
「じゃあ、作る。ドロロに青は似合うと思うから」
あまりにも簡単に
は快諾した。あたしは呆気に取られ、「じゃあ、ギロロに作るんだよ?」と念を押す
の声に無意識に頷く。
は嬉しそうに笑ったあとで、礼を言って部屋を出て行った。嵐が去ったような感覚に少しだけ酔いながら、あたしはクローゼットから編み棒を取り出し、明日は箪笥の奥から赤い毛糸を見つけなきゃと忘れないように思いなおした。そして少しだけカーテンを覗き込み、ギロロのテントを見た。こんな寒い夜だというのに彼はあそこに陣取り、毛布に包まり寝ているのだろうか。ケロロたちと寝ればいいのに、頑なにそれを拒む彼は面白い。そして、きっと、マフラーは喜ばれるだろう。
あたしはいつのまにか笑顔になっていた顔に慌てて、急いでベッドに入って眠った。
あなたの手前
(06.12.23)
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