一言で表すのならば、空虚だった。

















本部からの帰還命令に従い、急遽戻った僕らに待っていたのは非情な決断と容赦のない叱責だった。突き上げが緩くなっていたので気を抜いていたのかもしれない。すぐに戻れるものだと勘違いしていたのかもしれない。地球の、あのぼんやりとした平和な空気のせいで、侵略を推し進める母星の冷たさを忘れてしまっていた。






それでも僕らが懲罰や問診にかけられただけで済んだのは、一重にケロロやクルルのおかげだ。普段頼りにならないのにケロロは尋問全てに決然と答え、本部の重鎮を黙らせる熱弁をふるった。ガンプラ三昧の日々を正当化しているだけなのに、自信満々に発言される言葉には説得力があるのだから不思議だ。そしてクルルは持ち前の技術力を駆使して記録の改ざんや消去を行い、小隊に有利なものばかりを掲げて見せた。彼の能力が発揮されれば本部のオペレーターのクラックなど許さない。
結局、僕らはとりあえずの自宅謹慎を言い渡され散ることになった。








僕は一応、アサシン部隊にも顔を出し事の次第を報告した。自分には似合わない嘘と、ほんの少しの真実を混ぜて伝えた。
戻っての感想は、相変わらず暗い闇を背負うものの多い職場だと思ったくらいだ。地球で出会った忍者の里や人々とは比べ物にならない、この禍々しさはどこから来るのだろう。彼らは望んでその職についたというのに、生まれたときから抗えない運命を背負った人々よりも不幸そうな顔をしている。
帰り道、ただただ空っぽの心を抱えて歩いた。
知っていた結末は、あまりにもゆっくりと現実だけを残して目の前を過ぎてゆく。





「…………殿」




あれから、幾日が経ったのだろう。
何度も何度も誰かに呼びかけられた気がする。
心配して駆けつけてくれたギロロやタママ、時折ケロロも来ていた気がするのに思い出せない。部屋の隅で壁に寄りかかり、いつでも任務につけるようにと最小限のものだけを残した面白みのない部屋でうずくまっていた。つまらないなんて言葉さえも思い出せず、眠ることさえ忘れて、考えることを放棄した。最後に食事をしたのはいつだっただろう。





『…………うわ、また落ち込んでるの? ドロロ』





夢か幻か、それとも昔の記憶だったんだろうか。
彼女の声がはっきりと耳に届いた。誰の声も通さなかった鼓膜を揺らし、起きろと脳の神経に語りかけられた。驚き、目を閉じて、もう一度開けるとそこにはいるはずのない彼女がいた。





『やっぱりね。道理でわたしの胸が痛いはずだわ』
「……………………殿」





ふわりと軽やかには僕の前に膝をつき、覗き込むように僕の瞳を見つめた。これが奇跡なら、この瞬間が永遠に続けばいいと願う。
羽のように軽く、は笑った。





『わたしね、思うの。きっとわたしたちは、一つの命を分け合って生まれてきたんだって』
「…………殿」
『だってほら、こんなにも悲しい。ドロロが悲しいから、こんなにも苦しい』





微笑んだの表情が歪み、瞳から涙が流れ落ちる。後から後から流れ落ちる涙を拭おうと手を伸ばし頬に触れると、はその手を包み込んだ。ぬくもりの伝わらない彼女の手から、たくさんの感情が押しよせてくる。
溢れる涙を拭おうともせずに、は綺麗な瞳を僕に向ける。





『泣かないで』





泣いているのは彼女のはずなのに、は優しく囁く。
そうしてそれが合図のように言葉を発したは溶けるように消えてしまった。





殿…………!!」





慌てて消える彼女を掴もうと腕を伸ばす。何も抱けないことを知りながら、それでも留まらせたくて空を掻き抱いた。失った何かがそこにあるような気がして、取り戻せるものならば取り戻したかった。
何もない部屋の中で、自分の腕を抱きながら、僕は泣いた。






そうだ。僕らは二人で一つだった。
魂の片方を探して、ようやくめぐり会えた大切な存在だった。彼女の隣にいたあのときこそ、僕は完全になれたんだ。二人でいたからこそ、満たされた日々が僕らを包んでくれていた。離されてようやく気付くなんて馬鹿げているけれど、今ならわかる。
君の心を感じるよ。君が言ったとおり、胸がひどく痛い。
あぁ、また泣いている。僕を思って一人で泣いて、悲しい心に支配されて苦しんでいる。僕のように感情を捨てることさえ出来ない優しい君が、僕はこんなにも愛おしい。
まぶたを閉じれば、先ほどまでの空虚な心は存在しない。もう君の涙と思いだけが、ようやく繋がった心を動かしているんだ。







泣かないでなんて、僕が言える立場じゃないけれど。
引き離された僕らは不完全だ。
だから。






「何をなさいます!ドロロ兵長!!」
「おやめください!!」






今、行くよ。例え四肢をもがれ、血の道を行くことになったとしても。

もう君を泣かすものか。




























一人ぼっちで泣くはもう来ない




(07.07.20)