重いまぶたを開けて、一瞬の戸惑いのあとで冴えた頭が活動し始める。この星に来て一番初めに見た景色は暗転したが、自分がかかった罠は見事に隠されていた。そのあまりの巧妙さと単純さに笑って、本来はウサギでも仕留めるためのそれにかかった自分の足を見下ろし眠りに落ちた。足は重かったし、腕も怪我をしていたからそうする他なかった。罠の回収は朝に相場が決まっていたから、降るような星空の下で罠の主が戻ってくることに希望は持てない。
そう思って意識を手放したはずだったのだが、自分はどうやら罠の主に助け出されたらしい。心地いい毛布から半身を起こして、自分のおかれた状況を確認した。古いしっかりとした木の造りの家らしい。木造の部屋は狭くはなかったが、調度品の類は少なかった。使い込まれた箪笥や引き出し、ほのかに香る木炭。自分の寝かされた布団は温かい。自由にならない腕を見れば、丁寧に巻かれた包帯が眩しく映る。どうやら自分を助けた罠の主は、底の抜けたお人よしらしかった。


「あ、目を覚まされたんですか」


引き戸が開けられて、小柄な少女が顔を覗かせた。その幼さに、いささかの衝撃を受ける。長く人を欺くことを商売にしてきた自分さえもかかった罠だから、少なくとも年齢を重ねた相手だと思っていたのだ。
目を見張ったわたしの隣に少女は腰を下ろす。大きな瞳をゆっくり細めて笑顔になり、わたしの無事を確認して「よかった」と高い声を出した。


「すみません。アタシの罠のせいで」
「い、や…………。一般人はあんな場所を通らないでしょう」


表情よりは彼女の存在に驚いていた自分がいて、思わずそう口にした。山深い、しかも登山道とは呼べない獣道を歩く人間はいないだろう。


「それよりもありがとう。腕と、足」


いくらか小さな声で告げる。言い慣れない言葉であったから、違和感が背を伝って気分が悪くなる。少女はそんなことには気付かずに、少しだけ照れたように頬を染めた。
これからのことを考えると、この子に礼を告げたのだから早めに家を出るべきだろうと考えられた。自分はこの星の人間はないし、やるべき仕事も残っている。彼女の姿を一瞥する限り―――そしてその気配を感じる限り―――彼女も地球人における『一般』とはかけ離れた存在と思えたが、やはり自分の存在を明かすことはできない。怪我をしていることで仕事に支障がでることは仕方がないが、それでもここに長居するわけにはいかないのだ。


「手当てをしてくれて悪いのだけれど、わたしは急ぐから…………」
「どこへ行こうというのでござるか、殿」


静かな、温度の低い声が自分に向けられた。少女にではないとわかるほど、その声には常の彼にはない棘が含まれている。冴えていた頭の隅々までその声を浸透させて、懐かしささえ呼び起こすその人物に視線を移した。出来るだけゆっくりと、まるでその瞬間を惜しむかのように。可笑しいのは、彼女の存在ほど彼が登場したことを驚かなかった自分がいたことだ。


「…………偶然ね、ゼロロ兵長。いえ、今はドロロ兵長と呼ぶべきかしら?」


青い身体、小さな手足。前にあったときと変わらない気配と間合いに、場違いな笑みが零れた。わたしが笑うとわずかに眉をひそめて、ドロロ兵長はこちらに一歩進む。


「…………久しく。殿」


名前を告げたのはただの一度であったのに、彼は律儀にわたしの呼び名を覚えていた。彼は昔から彼の仕事に似合わない誠実さを持ち合わせている。まっすぐな瞳でまっすぐに進み、玉砕して暗く沈んでそれでも這い上がりまっすぐに進む。愚かで敬愛すべき、彼の信念。


「…………相変わらず、あなたって甘いわ」


吐き捨てるように呟いたわたしは彼の視線の先で、惨めに笑った。
出会った運命の皮肉さに、今は声をたてて笑いたかった。

























(07.12.31)