左腕と右肩、それと両足には傷を負っていた。左腕の裂傷が接近戦で付けられたらしく鋭利な刃物でばっさりと一刀あびせられていた。手馴れたものの仕業だとわかる。筋肉の筋を狙った刃の向きと、首筋に伸びる前にが反転したとわかる点から見ても相手もの命を奪うことを前提に斬りつけたのだと理解できた。
けれど変わって、右肩には弾痕がある。弾は抜けているので問題はないが、それはを殺すつもりなどではなく自由を奪うものだと推測された。なぜなら弾は身体を貫通するほどの威力を持っていて、しかもそれだけの技術を備えた相手だった。は暗殺者としての力量は申し分ない。自分が戦ったのだから彼女の強さは身に染みていた。その彼女が撃たれたのなら相手は相当の狙撃手であっただろうし、心臓を狙うことも容易かったはずなのだ。足止めか、はたまた見せしめには撃たれた。
そして最後に両足の傷。右足の罠のあとを差し引いても、の足は無数の傷をおっていた。それは小さなかすり傷や古傷もあったが、あきらかに妙齢の女性がおうようなものではない。前の二つの傷とは違い、どれも命の危険性を伴うものではなかったがドロロは全ての傷を丹念に見分し治療を施した。小雪が自分も手伝うと言ってきかなかったので、彼女の着替えを担当してもらうことにした。小雪は丁寧に服を脱がせて、軽いくせに頑強な布地にいちいち驚いた。背広の裏側には鋭利なナイフが一本あり、その手入れの行き届いたさまに感嘆した。けれど驚いたことに彼女の武器はそれだけで、他に武器らしい武器は服のどこにも隠されていなかった。
彼女が暗殺者であることは小雪には伝えてある。自分の命が狙われたことがあることも、やんわりと言っておいた。彼女の武器はそういえばいつもナイフや針だったと言えば、小雪は少しだけ寂しそうな表情になり「強い人だね」と言った。ぽつりと零されたそれの、本意はわからない。


「わたしのことがそんなに心配?」


いつのまにか書物をめくる手が止まっていた。の監視も含めて部屋の隅で待機していたドロロは、突然かけられた声に気圧されてそちらを向く。は起きたときと同じ格好で半身だけを起こしてこちらを見ていた。口元だけを引き上げた笑顔は作り物めいていて、感情など感じられない。


「少なくとも………安心はできないでござろう」


慎重に言葉を選んで対応する。小雪はもう学校に行っていたので、この家には二人きりだった。普段感じたこともない狭苦しい圧迫感が家の中には満ちている。
はドロロの返事にけらけらと、音だけで笑う。


「そうね。あなた昔より賢くなったじゃない。あの子がいるからかしら」
「…………戯れ言を…………」
「戯れ言?違うわ。それが本来あるべき姿なのよ」


は三日月形に瞳を歪ませて、唇だけの笑みをもっと濃くする。反してドロロは真面目な顔して、膝を彼女に向けた。青い目をすっと細め、自分が本気であることを知らしめる。


「この星にきた本当の理由を、お聞かせ願おう」


小雪がいる場では問えなかったものだった。は暗殺を生業としている。その仕事範囲は広く、頼まれればどんな星にも出向いているようだった。アサシンであるドロロは軍属についているからターゲットは要人である場合が多かったが、の場合は政治家から一般人までジャンルは問わず、問題は仕事に見合うだけの金を依頼人が払えるかどうかの一点に限られる。彼女が地球を訪れたということは、つまりこの星に殺したいほど恨まれる誰かが存在することだ。考えてぞっとした。の存在自体が不吉な何かであるかのような、被害妄想じみた感情が胸を充たす。そうしたあとで、だとすれば自分の存在とは何なのかと、本質は変わらない自分の役割を思って後悔する。他人を棚にあげて、なんと都合のいい考えをしているのだろう。
はそんなドロロに気付いたのか肩の力を抜いて笑みを消した。そうすると笑っていたときより随分若く、真面目な印象を持たせる。


「わたしがここに来た理由?わたしの職業は変わってないわ。それで充分でしょ」


けれど印象とは裏腹に、ドロロのもっとも望んでいない答えが返ってきた。が殺し屋をやめていてくれれば、そうでなくとも仕事以外の理由でこの星を訪れたのならばどんなに心安らかだったことだろう。けれどの口ぶりからすれば、間違うことなくに狙われている人物がいるのだ。背後から命を狙う殺し屋を、ドロロはかくまっている。


「それは…………拙者でござるか」


確認と言うよりは期待を込めて聞いた。どこかの知らない誰かが狙われるより、自分が狙われた方がずっとよかった。そうであればの治療だって行えるし、彼女が回復した後で攻撃されても後悔などしなくて済む。
けれどは無慈悲に首を振った。大きく二回、ドロロの瞳に刻まれるようにゆっくりとした動作だった。


「いいえ、違う」


きっぱりとした声。彼女にアサシンマジックである独心貴族は使えない。けれどそんなものを使わなくても、ドロロには彼女が嘘をついていないことがわかった。二度も刃を交えた相手だからかもしれない。


「けれど勘違いしないで。あなたに死んで欲しい人が、いなくなったわけじゃない」


首を振ったが追い討ちをかけるように、瞳の中にドロロを映してそう言った。
それも嘘ではないことなどドロロは確かめなくても知っている。





























(07.12.31)