「今、あなたをここで殺してしまったら、彼はどんな反応をするかしら」


傍にいた小雪が驚いて振り向いた。
ドロロが出て行った家の中で、と小雪は二人きりだった。違う部屋にいればいいものの、何が楽しいのか小雪は先ほどから甲斐甲斐しくこちらの世話を焼いている。今だって三杯目のお茶をいれていたところだった。突然の問いかけに小雪は驚いただろうか。けれど、その質問をした自分の方がよほど驚いているのも事実だった。
彼が手に入れたこの娘を殺したら、きっと彼は怒り狂うだろう。かつての彼に戻り、刃をたずさえわたしを殺してくれるかもしれない。彼の攻撃は見ていていつも清々しかった。


「わたしを、ですか?」
「そう。なにもおかしいことはないでしょう。わたしは殺し屋だもの」


数度、任務に失敗はしているものの、それはランクの高いものばかりだ。客もこちらの力量を推し量ってものを頼むし、こちらもそれなりの料金しか要求しない。果たしてこの少女に勝てるかはわからなかったが、自分の力には自信があった。圧勝とまでもいかなくとも相打ちは狙えるはずだ。


「怒ると思います」
「そうね。わたしもそう思う」
「それで、きっとあなたと闘わないと思います」


彼女はいとも簡単にそう言ってのけた。わたしは目を丸くして、彼女の意図を測ろうとする。


「なぜ? わたしは殺されると思うけれど」
「だって、きっとわたしを殺してもあなたはそんな顔をしてるんでしょうから」


小雪が困ったように微笑んで、「それじゃ、すごく怒れないですし」と呟いた。いったいわたしはどんな顔をしているというのだろうか。人生をなかば諦め、こんな辺境の惑星で敵だった男に介抱されて、のうのうと暮らしている。
今までの人生を否定するつもりはない。これしか生き延びる方法がなかった。命を奪うのには自分もそのリスクを負わなければならず、それ相応の報いを受けたこともある。人並みの幸せなど願うことなど出来ないと思った。温かい料理や優しい人に触れることさえも躊躇われた。自分の幸せなど、生きているうちに起きるはずがないと思っていた。


「だとしたら、彼はどこで怒りを発散するのかしら」
「それは、きっとさんと同じですよ」


小雪の答えはよどみがない。清純で穢れの知らない、わめき散らして乱してやりたくなるほど清廉潔白な声のように聞こえた。


「一生抱えて悔やんで苦しんで、どこにも投げ出せずにいるんだと思います」


それは自分のせいだからと、結局しまいこんでしまう。命を奪ったのは自分なのだからと逆襲を受けることも厭わずに罪を背負って生きる。返り討ちにするときもあれば、深手をおったこともある。けれどこうやって生きているということが、わたしの背負う罪でもあるのだ。
そう考えてきたから自分が幸せになることに負い目を感じた。少しでも普通を手に入れてしまったら、それは自分の行き方を否定しているように感じてしまった。実際この職業についている仲間は一様に生気を失った顔をしている。いつも顔色が悪く、血の匂いなどしないのに背後には常に死が付きまとっている。そんな影を持っているから、一般人と溶け込めるはずもない。
彼も同じなのだろうか。この美しい星に降り立ち、自分とは違うものに触れて、心を開くことに少しでも葛藤があったのだろうか。正義を覆すことに、相反することがあったのだろうか。今までは彼がもとから優しい気質だったからという理由で済ませてきたが、今度は違った。彼は優しい。だからこそ、わたしよりも悩んできたのではないだろうか。どちらかと言えば能力を抜かせば彼は普通だ。花を愛し、友情を大切にして、誰よりも他人のことを気にかけている。そんな彼が今まで暗殺兵という役割についていられたのはなぜなのだろう。それをやめようと決心できたのは、この星の何を見たからなのだろう。


「ねぇ、小雪」


包帯の真っ白な腕を見た。彼女が巻き変えてくれる。いいと断ってもしつこく話しかけてくるそんな彼女に彼も救われていたのだろうか。


「なんでしょう?」
「…………………お茶は、まだかしら」


会話に気を取られてしまっていた小雪が慌てた様子で、また背を向けた。丸い小さな背中を見つめ、この少女が為したことをもう一度考えた。人を殺すとその目が淀むとい言うのに、ドロロの目は相変わらず迷いに溢れてはいたけれど死んではいなかった。穢れを落とした小雪の存在は、それ自体が奇跡だったのだろう。
だからこそ、わたしみたいなのに狙われるのだ。
貴重なものを人は奪いたいと思う。綺麗なものならば汚すことで、美しいものならば壊すことで、それ自体の価値を奪ってしまう。それが人間自体の価値ならば、命を奪わなければ渇望は治められない。
頭に手を当て、髪に仕込んだ糸を取り出した。鉄もまっぷたつにするしなやかで鋭い糸だ。わかりやすい刃に気を取られてドロロはどうやら見逃したらしい。きゅっと両腕で糸の感触を確かめて小雪の白く細い首筋を見て、一瞬先には頭と離れてしまう胴体を思った。
知らず顔が歪む。最後に口をついて出た、あの言葉の意味をわたしは理解していない。































(07.12.31)