「あなたたちって、ホントに飽きないのね」 ぽつりと零された言葉は、ため息と共に空気に溶けていく。タママが罰が悪そうに横に座るの横顔をのぞいたときには、すでに彼女の顔にはありありと呆れた様子が浮かび上がっていた。彼女にしては珍しくぼんやりと前方を見据え、肘をついて手の甲に顎を乗せている。視線の先には我らが隊長のケロロが、今日も今日とて役にも立たない侵略作戦に頭を悩ませていた。なんでも一週間後に軍の査定が入るらしい。彼にとっては進退窮まるそれに対し、「侵略者らしく」取り繕うとしているのだろうと思われた。 けれど常日頃、真面目に取り組んでも失敗してばかりの作戦が成功するわけもない。赤ダルマこと彼の部下で幼馴染のギロロが声を張り上げ罵倒も叱咤もしているが、ケロロは一度落ち込めば、復活までこちらの時間と体力と気力を大変に要する人物だった。まさに目の前で落ち込み始めたケロロの様子を眺め、の言葉ももっともだと若輩者ながらタママも思う。これで成人しているというのだから、ケロンの基準と言うものを疑いたくなる。 「そもそも侵略者の定義って何なんだと思う? ケロロは一度だって、ただの石ころ一つだって略奪していない。ただ『侵略者』だって名乗っているだけ。だとしたら、それは子供のごっこ遊びと一緒なのよ。下らない政治家のマニフェストにも似てる。現実しない宣言は、子供だからこそ許される特権なのに」 はまっすぐに前を向いているわけだから、タママに語っているわけではないかもしれなかった。けれどギロロとケロロは前方で言い争い、クルルは我関せずとパソコン画面に向かっているし、会議が始まって1分弱でドロロはすでにトラウマスイッチが入ってしまっている。の背後数メートル先で小さくなる彼に声は届いていないだろうから、の話し相手は自分しかいなかった。 もっていたお菓子を机において、僕はあいまいに笑う。 「えーっと、軍曹さんには軍曹さんのお考えがあるのかも………しれないですしぃ」 「お考え? タママ、それは『目的』の間違いだと思うよ」 どうにか上司をたてておかなければと思う反面、の正論に叶うはずもないとわかっている。は手の甲で支えた顎を浮かせて、椅子の背に体を預けた。リラックスというよりは、それすらも彼らにはもったいないと言われているような緩慢な動作だった。 「ケロロには目的があるでしょう。それが地球侵略ではないことなんて、もう皆わかっているのに」 瞳を閉じて、ゆっくりと開ける。長いまつげに縁取られた瞳は、この国の誰もと同じ色なのに、のそれは誰よりも深い色をしていた。 「ケロロだけがわかっていない。ねぇ、タママ知っている?」 「な、なんですかぁ?」 「苦しいことが多い人はね、自分に甘えがあるからいつまでたって楽になれないの。ケロロは典型ね」 は同じようなゆっくりとした動作で立ち上がった。それから腰に手をあて、またため息を零す。柔らかな髪を右手でがしゃがしゃと乱暴にかき上げてから、一本の線でも歩いているように綺麗なフォームでケロロに近づいた。騒いでいる二人は気づかない。がケロロの背後に立ってようやく、ギロロがはっとした顔になった。けれどそのときにはすでに、彼女の手は高々と振り上げられていた。 バシン。濡れた洗濯物をたたきつけたような音が響き渡る。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜?! なっ、何するでありますかっ!殿ぉ」 後頭部を抑えながら、ケロロが振り返った。けれど、ケロロは振り返ったことを後悔した。は常にも増して無表情に、しかも眉を寄せて怒っているようにさえ見えた。振り下ろした手をそのまま脇に下ろして、は黙ったケロロを見据えた。怒涛のようなギロロの怒りとは違い、の怒りはまず黙るところから始まるから居心地が悪い。 ゆっくりと、ことさら強調してため息をつかれてケロロはびくりと震えた。 「………………ケロロ」 「は、はいぃぃ!」 気をつけよろしく背筋を伸ばしたケロロに、は叩いたときと同じ手を伸ばした。またやられると思って目をつぶるが、の手はケロロの頭にそっと置かれただけだった。恐る恐る目をあければ、ぽんぽんと軽くなでられる。 「向こう一週間分の家事当番代わってあげる」 「え? あ、あの」 「忙しいんでしょう。やらなければいけないんでしょう。それが義務なら果たさなければいけないし、ケロロが大人なら尚更ね」 撫でていた頭を引っ込めて、はくるりときびすを返す。部屋を出て行く途中で、はひらりと手を振った。 「がんばれ、隊長」 あっさりと姿を消したを、全員が呆然と見送った。ギロロはまさに唖然とし、クルルは数秒後に彼流の大笑いをし、ケロロにいたっては感激しているのだか単に痛がっているのか涙まで浮かべている。タママはそんな全員の後姿を見ながら、やっぱり大人になっても子供と大した変わりなどないのだと悟った。けれどの言ったとおり、成人ならば義務がある。子供では許されたことの大半が許されなくなるのだ。 「あぁ、そっか」 お菓子に手を伸ばし、誰にいうでもなく一人ごとを呟く。 甘いかけらを咀嚼しながら自分の後ろを振り返り、が去ってしまったことさえ気づいていない青い上官を見た。 「だから、はドロロ兵長が好きなんですねぇ」 目的を見据え、そのためならどんな労力も惜しまない孤独のアサシンは、なるほど精神の弱さを除けば立派な大人だろう。が気にいるはずだ、とタママは笑った。 |
不器用な人間の精一杯
(08.01.06)