わたしだって女なんだからと声を張り上げて言いたいときがある。
頼りにされる性格だったためか、ただ単に仕事を押し付けやすかったのかはわからないけれど今日も今日とて教室にはわたし一人が取り残された。友達は全員帰ってしまったし、(と言っても手伝うと言ってくれたのを断ったのはわたし自身なのだけれど)夕暮れの教室は一人きりでは寂しすぎて、なんだか自分の影が恐かった。
とんとん、とシャーペンを鳴らす。机は濃い影のせいで茶色がひどく滲んで見えた。




「別に、いいんだけどさ」




仕事をするのは嫌いではないし、むしろ好きだった。
頼まれることは嬉しかったし、それだけ頑張ろうと思えた。
でもそんなふうに仕事をしてるときや、自分以外のすべての人が楽しそうなときにふと思うんだ。
わたしも女の子なんだぞーって。




「かえろ」




女の子だからなんだって言うわけじゃない。王子様を待っているわけでもないし、誰でもいいから恋愛がしたいわけでもない。
ただちょっとだけ、みんなにあるような幸福ってやつが自分にも訪れることを望んでるんだ。それが恋だったらいいなって、考えているだけ。

だってそれは楽しそうだから。

学校を出てすぐ、カップルとすれ違った。嬉しそうに手を繋ぐ二人を見て、少しだけ羨ましくなる。




「何を笑ってるんだ。




カップルの絡み合う指先を見て、わたしの頬は緩んでいたらしい。
すぐ後ろで聞こえた声にびっくりして振り向けば、そこには夕焼けよりも赤い生き物。




「ギロロ」
「ふん」




赤い生き物はあの小さな円盤に乗ってわたしと一緒の目線でそっぽを向いた。わざわざどうしてこのタイミングで現れてしまうのかわからない。




「夏美が心配してる。帰るぞ」
「あぁ、そっか」




なんのことはない。彼は彼女に一途なだけなのだ。
わたしの恋がしたいっていう欲求に答えてくれる王子様ではない。それに彼だってわたしなんて願い下げだろう。
二人で帰り道を進みながら、少しだけ夏美ちゃんが羨ましかった。




「ねぇ、ギロロ?」
「なんだ」


彼は他の四匹のケロン人と違って寡黙だから、多くを語らない。
わたしが今日どんなふうに活動して、何を思って、彼と一緒にいることをどんなふうに考えているか聞かない。それはたぶんわたしに対しての感心が極度に薄いせいだろう。
そうしてそれ以上に、彼が他の異性に夢中なせいでもあるのだろう。




「恋をするって、どんな気分?」
「なっ!!」




赤い生き物は、もっと赤くなってわたしを見た。
あらら、そんなに驚くことないじゃない。円盤から落ちちゃうよ?




「い、いきなり何を言い出すんだ。お前はっ!!」
「んー・・・・気分的なものだったんだけど・・・・」




夕日が彼の赤い顔に影を落としてわたしはそれを見つめる。
ギロロは照れているのか、変な声を出しながら円盤のコントローラーをがちゃがちゃと動かした。あらためて見ると彼の手は小さくて、瞳は大きくて、ベルトは可愛らしい。
女の私でさえもすっぽりと包めてしまうこの小さな体で彼はいつも精一杯戦っているのだと思うと、すごいと思う。




「だって、ギロロならわかると思ったんだもの」
「何を・・・?」
「誰かが、誰かを、ひどく大切だと思う気持ち」




一歩前に進むと、影も同じ動きをする。
振り向いて見れば、ギロロはわたしの目をまっすぐに見てくれた。




「どうしたんだ。いったい」
「ごめんね。・・・・・・やっぱり可笑しいかな?」




突然こんなことを言い出すなんて。
ギロロは小さく頭を振った。




「いいや。可笑しくなどない」
「ホントに?」
「お前も、女だからな」




すーっと円盤がわたしの横を通り過ぎる。
そんな渋みのある声で、そんなに優しく言わないでよ。うっかり惚れてしまうじゃない。
わたしだって、女なんだから。




「ねぇ、ギロロ」




早足でギロロに並んで、彼の顔を覗きこむともう常の彼だった。
この顔が崩れるのはきっと彼女の前だけで、感情を乱すのも必死になるのも泣いたりするのもきっとそれだけなのだ。
わたしでは、ないのだ。




「手、繋ごう?」
「は」
「片手、もーらい!」




コントローラーに添えられた手を奪えば、少しだけ焦った声がした。
小さな手はわたしの手でやっぱりすっぽりと包めてしまえて、少しだけ笑える。




「女に恥じをかかせないでよね」




手を降りほどかれないようにした主張は、わたしにとって精一杯のものだった。
女だから、女性として、一人の大切な異性として。
見つめてほしいなんて贅沢言わないよ。




「夏美ちゃんには、内緒にしとくからさ」




だからどうか今だけは、この手だけでもわたしのものになってください。

 

 

 

 

 

傾 き か け た 純 情

(06.05.01)