そこに誰かいるの?……いいえ、そこに誰かいるのね。わかるわ。あぁ、警戒しないでちょうだい。別にここが戦場だっていうことを忘れているわけでも、あなたが敵かどうかなんてことも今のわたしにはどうでもいいことなの。ねぇだから、少しだけ話を聞いてね。

あなたの方から見えるかしら?わたしの足と、腕と、顔。ごらんになったらわかるでしょう。あなたがもし敵でも逃げることは出来ないし、銃を握って勇敢に戦うことも出来ないわ。そうして顔を見たならば、傷一つないこの瞳が何も写していないことを教えてあげる。こればっかりは見ただけではわからないだろうし、言ったって安心なんてしないでしょうけれど気休めと理由付けにはちょうどいいわ。だからお願い。あなたが敵か見方か、わたしに教えないでちょうだい。もし教えてもらったところであなたが味方だとしても、わたしはもう助かりたくなんてないし、敵だとしても止めを刺してもらいたいから呼び止めたわけでもないの。ただ少しお話がしたくて、止まってもらったの。あぁ、あなたが敵で、わたしをどうしても殺したいと仰るならそれは構わないけれど。


「いや………」


まぁ、低い声。男の方ね。あいにくわたしは女なの。名前は 。これから数分間だけだけど、仲良くしましょう。よろしくね。よろしくというのも可笑しな話かしら?でも、付き合ってもらうのだから礼儀はちゃんとしないとね。あなたの名前は…………やっぱり聞くのはやめるわ。思い出したんだけれど、わたしが戦っているケロン人はとても個性的で特徴のある名前ばっかりだったから、聞いてしまったら興醒めしちゃうもの。ねぇ、だからわたしはあなたを『あなた』と呼ぶけれど、それで構わないかしら?もちろん、あなたはわたしを『 』と呼んでくれていいわ。


「あぁ」


短くて素敵な返事ね。では何から話しましょうか………。わたしの命もあと僅かなんだから計算して話さなくちゃね。時間はとても大事よ。そうね、わたしの境遇なんてどうかしら。短くまとめるから退屈はしないでね。とても平凡かもしれないけれど、こんな戦場で死ぬなんて予想もつかなかった人生だったのよ。両親と弟が三人いたの。昔はとても裕福だった。それこそ銃なんて見たことも触ったことなかったし、箸よりも重いものを持ったこともなかったのよ。ふふふ、それはちょっと言いすぎだけれど、ボディガードだってついていたのよ。どっかの悪党がわたしを誘拐しようとしたから優しいお父様がつけてくださったの。ボディガードも優しかったわ。お父様と同じくらいに。でもわたしを守るために死んでしまったの。二人いたのだけれど一人、流れ玉が当たってあっけなく。でも安らかな死に顔だった。思えばあれがわたしが死というものに始めえて触れたときだったと思うわ。今はもう、ご覧の通り血にまみれてしまったけれど、あのときは本当に恐かったの。本当よ。
……………あなたって割と無口なのね。いいわ。そういうのも悪くない。さぁ、不幸が訪れたときの話をしましょう。おとぎ話には付き物よね。お姫様に呪いがかけられたり、継母に殺されかけたり、狼に食べられたり。イロイロあるけれどわたしの不幸はいたって単純。優しいお父様が死んだの。それからは坂から転がる小石よりもあっけない顛末だったわ。絹のドレスは誰が着古したのかわからない布切れに早変わり。お母さまも死んで、弟たちも、施設か軍に入る二つの道しか残ってなかった。三人のうち一人はとても体が弱かったから、軍は無理だったけれど他の二人は軍隊に入ったの。そういえばこの戦場にも来ているのよ。無事かしら。わたしのように苦しんでないといいんだけれど、死ぬにしても生きるにしてもこんな風に時間が残るっていうのは嫌なものだし。あぁ、でも誤解しないでね。あなたに会えたことはとても嬉しいのよ。話し相手が出来たんですもの。あなたがいてよかったわ。


「それで……お前はどうしてこんなところにいるんだ」


先を促してくるの?嬉しい!!それが社交辞令でも、とても嬉しいわ。ありがとう。それじゃ、話すわね。それからわたしには少しだけハッピーなことが訪れたの。それは何もなくなってしまったわたしに結婚の話が来たってこと。こんな娘に信じられる?しかも、相手はなんと生き残った方のボディガード!あの頃からわたしが好きで、置かれた境遇が放っておけなかったんですって。まるでどこかのお芝居のようだけれど、本当の話なのよ。でもお芝居のように上手くいかなかったのは、わたしが彼を愛せなかったことね。結婚はしたわよ?だってそれ以外わたしが温かいご飯にありつける道はなかったから。そうね、自分がそうなって思うのはお芝居のヒロインも決して王子様を愛してなかったんじゃないかってことよ。愛がなくても生活はできるし、むしろその方が理想や夢を相手に押し付けずに済むから気が楽よ。………でも、そんな彼もまたわたしを置いて行ってしまったの。彼、ボディガードよりも割りのいい傭兵の仕事をしていたんだけれど、ある戦争で死んじゃった。連絡がきたときは泣かなかったんだけれど、遺品が届けられてから少しだけ泣いたわ。明日からの自分の生活も不安だったし、長いこと一緒にいた彼に愛着がなかったわけでもなかったしね。
 そのあとは、やっぱり生活が苦しくなってしまったからわたしは死んだ夫の友人に傭兵にしてもらったの。傭兵って簡単になれるものじゃないのよ。武器の扱い方も知らなければならなかったし、もちろん人の殺し方だって練習しなきゃいけなかった。でも、やっぱりちゃんと練習はすべきよ。サボっていたツケが、初の戦場でこのザマなんだもの。まったく、笑ってしまうわね。

 
 
「死にに………来たのか?」


死にに?ふざけないでちょうだい。わたしは生きるために髪を切って、銃を握ったのよ。だからこの結果は残念だけれど後悔なんてしてないわ。あなたが自分の武器と星と信念に誇りを持っているように、わたしだって生きるためにあがいて這いずって生きたのよ。死にに戦場に来るくらいなら、夫が死んだときに全て捨ててるわ。


「悪かった……。なぁ」


わかればいいのよ。なぁに?


「死にたくないというのならば、なぜ生きようとしない。今、手当てすればあるいは……」


言ったでしょう。助かる気はないの。というか、自分の体は自分が一番よく知ってるわ。
だから、あなたの手を煩わせなくても結果は決まってるの。でもありがとう。嬉しいわ。あなたに心配してもらえるなんて、本当に。あぁ、でもそれ以上近づかないでね。それに言うのが遅れたけれど、もうあなたはここから離れた方がいいわ。


「?」


さっき、腕がまだ動いていたときに爆薬をしかけたの。もう少しで爆発してしまうわ。


「なっ」


大丈夫よ。慌てないで。あなたのその飛行ユニットなら充分爆破圏外に移れるわ。


「………おい」


でも、急いだ方がいい。あと三分しかないもの。


「おい。今、お前はなんと言った?!」


あら、戦いで耳をおかしくしたの?『あなたの飛行ユニットなら』って言ったのよ。


「…………お前………目が見えて?!」


戦場で、敵の言葉を鵜呑みにしないことね。手も足も動かないのは本当よ。でも目は見えてるわ。赤い体が綺麗ね、あなた。それと、わたしの名前は だと言ったはずだけれど?


「俺を殺すつもりだったのか………?」


えぇそうよ。でも気が変わったの。わたしの話を聞いてくれたし、なにより助けようとまでしてくれた。あなたが夫の仇でも、もうどうでもよくなってしまったの。さぁ、そろそろ危ないわ。さっさと飛んでちょうだい。あなたまで無駄に死ぬことないのよ。


「…………俺が殺した? 。俺は」


言いワケは聞きたくないし、さっきわたしは言ったでしょう。敵の言葉を鵜呑みにするなって。だから、早く行きなさい。あなたが信じたくないというのなら、わたしが話したことは全部嘘だから。


「嘘って………おいっ!」


…………………ゲームオーバーよ。早く逃げなさいって言ったのに。まぁ、いいわ。わたしの最後をちゃんと見てね。話を聞いてくれて、本当に本当に嬉しかったわ。これは、そうね………あなたが信じてくれるなら、本当ってことにしてもいいわ。



「おいっ!!!!!」



バイバイ。優しい優しい、戦場の赤い悪魔さん。










* * * * *

爆音が耳に、轟いた。けれど巻き込まれたのは彼女だけ。赤い体を持つ彼は、何が起きたのか理解できずにその場に立ち尽くす。
もうもうと立ち込める煙の先に、もう彼女はいなかった。綺麗に自分の居場所だけ、くりぬかれたようになくなる大地にもう言葉さえ出てこない。



彼女は初めから、誰かを巻き込む気などなかったのだ。








 

 

昔日の悲劇

(06・07・31)