人生の半分くらいを、わたしは運で乗り切ってきた。
これは別に自分を卑屈に見ているわけではない。客観的な事実で本当のこと。わたしは実力でその場を乗り切ったことなどなかったし、褒められたことだってあまりない。実績と呼べるものはおそらくなかったし、これからも勲章をもらうようなことはありえないと思う。だけれど、成績がよくなったこともなければ悪くなかったこともなかったわたしは、その良し悪しで評価されることも少なかった。いつも普通。外見も容姿も、性格も全てが標準の位置を出ない。 教師の目に止まりにくい生徒。霞んでいるような自分。
なのに。
わたしは今、ここでなけなしの運を全て使い切りたいと切に願っている。ほんの少し、残っている幸運があるならここで使い切ってしまいたい。残らなくていいから、これから先どんな人生を送ることになってもいいから、どんな手段を用いてでもこの場を切り抜けるためなら耐えられるから。
「………………逃げろ」
背後で低い命令の声が聞こえる。もう二十八回目だ。そんなことを律儀に考えながら、わたしはそれでも頑として頭を振った。その手に使い慣れない(だって使ったことがない)銃を持ち、腰に新品のような(実際抜いたことがない)ナイフをぶら下げて、わたしは前方を睨み続けた。
「聞こえんのか。
」 「………………聞こえてるよ。ギロロ」
彼の二十九回目の言葉に、わたしはようやく返事をした。暑くもないのに汗が滴り落ちる。それがゆっくりと頬を伝い喉に落ち服に染みるのを全神経で感じていた。怖くても、ここを退けてはいけないと警報が鳴っている。それでも足が動かないのは単にわたしが臆病なだけだ。恐怖に凍りついた脳に送られるのは、断続的な思い出たちばかり。(あぁ、これが走馬灯というやつ?)
「逃げろ。…………お前では、勝てん」 「知ってるよ」
張り付いた喉の奥、搾り出すように返事をした。わたしは銃を握りなおす。今、わたしは大変な窮地に陥っている。日常の、それこそ日本の少女が体験することのない窮地だ。地球の少女、と言ってもいいかもしれない。本当なら彼の言うとおり、逃げたい。走って走って、この背筋の凍るような恐怖から抜け出したい。 けれどわたしは走らない。走れないのではない。走らないのだ。
「大丈夫。もうすぐ…………夏美ちゃんが来てくれるよ」
わたしはそれを待っている。
この優しい赤い蛙が、わたしを守って怪我をして、こんなところで死んじゃいけない。 彼には待っている人がいる。わたしのように誰が待っているわけでもなく、平凡で、当たり障りのない毎日を送っているだけが取り柄みたいな女、助ける価値なんてなかったのだ。それなのにギロロはわたしを助けて怪我をして、あまつさえお前は逃げろと心配してくれる。
そんな彼を置いていけるわけがない。
「ギロロ、知ってた?」 「…………何をだ」 「わたし、運だけはいいんだよね」
ここを切り抜ける自信があるように、わたしは声を高くする。 銃は少し重たくて(だってこれは彼のものだ)、ナイフも扱えるか心配だけれど(使わせてもらったことなどない)でもこれも彼を生かすためと思えば、どうにかなりそうだ。 後ろでギロロが何か言ってる。でも聞こえないフリをする。(本当は全部聞こえているよ。逃げろ死ぬつもりか隠れろ早くしないとお前までこうなる駄目だ急げおい聞いているのかほら来るぞ)
やさしいね。
あなたは死んじゃいけないよ。
だって、そしたら、わたしが諦めた意味がないじゃない。
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