「あのね、わたしクルルとメールがしたいの」 昼間、日向家の庭は狭いけれど日の光が広く入るので温かい。ギロロはコンクリートのブロックに座り、いつものように焚き火をつつきながら、数日前の彼女の言葉を思い出す。最初は信じられず、次にもう一度が少々恥じらいながら「えぇと、だからね」と言うまでギロロは彼女を凝視していた。 「クルルのことが気になるの。だから、もっと知りたくなって」 いつもラボに行くのは気が引けるからと、は頬を染めて笑みを零す。彼女は日向秋が勤めている出版社のアルバイト生で、日向家に出入りをしたことからケロロたちの正体がバレた。けれど彼女は秋以上にケロロ達に興味と関心を示し、宇宙人を受け入れた。まったく地球人の女はパワーが有り余りすぎている。 そのが、そういえばクルルと話している姿はあまり見たことはなかった。一度か二度、基地の散策に付き合ったときラボも見せたからそのときにあいさつくらいは交わしたかもしれない。けれどが言うように「気になる」ほどの接点はなかった。そんなふうに、顔を赤くして瞳を潤ませるような。 「…………好き、なのか?」 直接的な言葉がギロロの口から出たことは、自分でも驚くことだった。は大きな瞳を伏せ目がちにして、染めた頬を押さえながら庭にある花壇を見た。日向家の花壇は小さいが、四季さまざまな花が咲く。夏美が大事に育てていて、よく手入れをしている花壇だった。 「そうかもしれない」 言った後、幸福そうに笑ったは綺麗だった。ふっくらとした頬、赤くなった指先、細いがしっかりとした身体。ギロロと同じようにブロックに座りながら、ケロン人よりはるかに長い足を器用に収めている。背中を丸めてギロロを見つめて、は「おかしいかな?」と首をかしげた。ギロロはその幸福そうな様子が、彼女自身が見てはいけない神聖な何かのような気がして、急いで目を逸らした。露骨だったかもしれないと思ったのは、彼女のその申し出を受けたあとだった。 「ありがとう! こんなこと頼んでごめんね」 声は弾んでいて、まるでもう願いがかなったかのような響きを持っていた。その姿さえ見られず、結局ギロロはが帰るまで手元の焚き火を見続けていた。何も可笑しなことなどない。自分だって夏美を好きになって、彼女を見ていれば胸が熱くなるのを感じる。姿が問題などではなく、魂が呼び合うのだとギロロは思っている。性格の一致やぴったりとハマるような感覚が、目が合うだけでもわかるものだと。 「ギロロ!」 朗らかで高く、羽のついているような声がして思考が現在に戻ってきた。視線をあげればコットンパンツとYシャツを颯爽と着こなしたがそこにいて、バイト先から走ってきたのだとわかるほど息を弾ませていた。急いでいるはずなのにギロロの傍に近寄って、口元に手を寄せては興奮した様子で話す。きらきらした瞳、いつもより元気そうな動き。 「あのねあのね! クルルから返事が返ってきたの。それでね、あのね」 はにっこり笑って、抑えられないといった調子で喋っている。ギロロはその光景を微笑ましいと思う一方で、身体の奥のほうで確かに痛む何かがあるのを感じていた。けれどその痛みを取り除くことなど、もうギロロ自身では無理なこともわかっていた。 意識をしていなければ笑えない。笑えなければ自分も話せばいいのだと思って、嬉しそうな光を放つを抑えてブロックに座らせる。テントに戻って二人分のカップを用意して、あらかじめ作っておいたコーヒーを注ぐ。両手にカップを持ってテントから戻るころには、すっかりギロロは調子を取り戻していた。 「さぁ、話してくれ。だがゆっくりにしてくれよ。お前はときどき早口だ」 軽口を言って笑うと、もはしゃいだ声で謝罪する。コーヒーを渡しながら、数日前まで健康的な長さで揃えられていた飾り気のなかったの爪が、桃色に染められていることに気付いた。 は彼女の望んだとおり、数日前からクルルとメールを交換している。 |
あの日も綺麗に晴れていた。
(08.03.01)