「あのね、クルルって面白いのよ。ギロロの言った通りね!」
日向家の庭、午後の日差しは彼女の横顔を少しだけ輝かせている。だから、こんなにも彼女が眩しく見えるのは自身が輝いているからに他ならない。コンクリートブロックにきちんと体を収めるように座った彼女は両手をあわせて指先を唇に寄せている。幸福そうなときにするくせだ。唇から言葉が漏れれば、その幸せさえも出て行ってしまうことを恐れているような仕草。けれど彼女の言葉はどれもこれも幸福があふれ出したもので、彼女の中からはいくらも減るようには見えなかった。
「俺は面白いなんて言った覚えはない。ヒネくれたやつだと言ったんだ」
「うん。ヒネくれてるわ。でも、形式ばった当たり障りのないものよりずっといい」
「そういうものか?」
彼女は指を合わせたままで、小さく頷く。うん、そういうものなの。
クルルが彼女を喜ばすようなことを言ったとは思えない。天気のことを話せば、八割方は「ラボじゃ関係ねぇな」と一蹴されて、その日あったことを事細かに伝えれば―――例えば、満員電車で痴漢を見つけたので捕まえてやったという武勇伝に対してアイツは「そうかい、おせっかいなこった」くらいにしか返さない―――無関心に近い冷たく短い文章に、はどうしてこんなにも嬉しそうな顔をするのだろう。
「あら、そんなのは簡単よ」
朗らかには答え、揃えていた指をヒザに戻して俺のほうを向く。
「どんな一言でも、その人がわたしのために思ってくれた言葉だから嬉しいの」
これが友人ならば淋しいと感じるだろうし、男友達ならばもう連絡を取りたいとも思わなくなる。けれど、それが誰でもない思い人である場合は違う。たった数行でもいい。ケータイに浮かぶ文字にどれだけ心が躍っているかなんて、自分しか知らなくていい。文字盤に彼の名前が表示されたときの驚きと幸せに満ちた興奮を誰とも共有したくない。いつも使い慣れているケータイを持つときに震えてしまうのはなぜなのかなんて、発見をするのは自分だけなのだとは言う。
「わかるでしょう?」
「は」
「だって、ギロロも知っているでしょう」
そうして人差し指だけを唇に添えて、内緒話でもするように小さくて控えめな声を出す。
「愛するって、結構意味不明だってこと。他の人に理解されることなんて、望んじゃいけないんだわ」
は彼女の言葉とは裏腹に意味ありげに笑いながら、ほら、と視線を家のほうに向ける。彼女の声から遅れてバタバタと足音が聞こえる。夏美のものだと反射的に理解して、もうそんな時間か、と考えた。今日も無事でよかったと場違いな安心感が反射的に心に溜まっていく。
気づいて見ると、彼女はお見通しだと言う様に笑った。
「ね、ギロロ。恋はその人それぞれに与えられた美酒なの。酔い方も味わい方も全部違う。でもだからこそ、それは価値がある」
そう言って笑ったの頬が少しだけ赤く、瞳が潤んでいた。酔っ払っているようにつむがれる言葉はどこか嬉しさばかりではなかったけれど、それさえも彼女の魔術にかかれば甘やかに聞こえてくるのだから可笑しな話だ。
ギロロは笑う。飲みすぎだ、というと、かもね、と返事をされた。
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