銃口の先を相変わらずクルルに向けながら、ギロロは自分でも持て余してしまった怒りの矛先を見失いつつあった。クルルは何も言わず、かといって彼特有の癇に障る笑い方をするわけでも、身動きもすることもない。クルルに対して怒りをストレートにぶつけたのはこれが初めてだったのかもしれない。だから、どこまですれば相手が根をあげるかわからないのだ。を侮辱した罪は、クルルがどう考えていようと―――たとえ、ギロロの言い方が気に入らなかったにしても―――許されるものではない。しかし果たしてクルルが自分の非を認めることがなんてあるのかと、ギロロは一種絶望に似た考えを頭にちらつかせる。
「提案、してもいいッスか」
怒りと機械音だけが充満する密度の濃い空間で、クルルの声はもう平静の憎たらしさを取り戻していた。ギロロはクルルの態度にまた苛立ちがこみ上げて睨もうとしたが、すでにこれ以上ないほどの睨みをきかせていたので瞳は動かなかった。脳よりも感情に追いつくように、自分の体は出来ている。
「提案?」
「そう、提案。オレは面倒くさくなく、も哀しまない方法なら、アンタは満足なんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・貴様のことなどは、どうでもいい」
さりげなくクルルの要望も盛り込まれていることを一蹴し、ギロロはようやく銃をどけた。一抱えもあるギロロ愛用の銃は大きく、クルルをすっぽりと隠し切っていたのでギロロはようやく相手の表情を見ることができるようになる。機嫌の悪そうな顔をしているのだろうと思っていたのだが、存外クルルは声の通り冷静のように見えた。ただ瞳は分厚い眼鏡に阻まれているので、ギロロはクルルの感情に関して多くの視覚的情報を信用していない。
だから笑いもせずにクルルが告げた『提案』は、ギロロを再び怒り狂わせるには十分だった。
「オレの代わりに、センパイがすりゃいいだろぉが」
笑いもせず、冗談を言うような仕草もなく、だからそれは本当に彼からの『提案』だった。
できるか!脊髄反射のように叫んで、ギロロは手で空をま横にないだ。クルルを装って、と連絡を取り合うだと。そんなことが、できるか。
クルルは心底不思議そうに首を傾げる。
「わっかんねぇなぁ。誰も傷つかないお優しい提案だぜぇ?」
「貴様の考えはそもそもの倫理に反している・・・・・・・・・・!!」
「倫理? 融通のきかねぇセンパイだねぇ。だから出世できねぇんだよ」
「はぁ?!それとこれとは」
「いいかい。アンタは親切でここまで来たと言ったろ。高慢にもオレの答えなどわかってるような口ぶりで。しかもオレが望んでもブチ切れるときてる。だったら、どっちにしろの願いなんて叶うはずもなかったんだ。そうだろ」
自分のことは棚の上、神棚さえも設けて飾っていそうな言い分だった。クルルなんぞに恋愛感情を持てばどうなるかくらいギロロにも予想はついている。コイツのことだ。自分にその気がなければ相手の感情などお構いなしにひどい言葉で傷つけるに決まっている。それを他人には、相手に未練を抱かせないやり方なのだと大威張りで言えるようなやつなのだ。
傷つくが、あの活発な瞳をくしゃくしゃにして泣く彼女が目に見えるようだった。それなのに一応の確認を取りに来たのは、クルルの言うようにギロロにも融通の利かない部分があるからだった。
「だとしてもだ! だからと言って俺がメールをしても何の解決にもならないだろう。むしろ状況を悪くするだけだ・・・・・・・!」
「おいおい、そこは頭の使いようだろ。センパイ」
「・・・・・・・・・・何が言いたい?」
そこでようやくクルルは常の彼らしく、足を高々に組んで耳に障る声で笑う。悪魔の声に似ていると、ギロロは思った。
「がオレを嫌うように仕向ければいい。センパイは、を不幸にするオレの性格をよぅくおわかりのようだしなぁ?」
ほら、みろ。。これでもお前には、クルルがいい男に見えるのか。
投げ出された言葉に顔を露骨にしかめて、けれどギロロは銃口を向けることはしなかった。怒りの冷め始めた頭の中では目の前の男を散々殴り倒す想像をしていたのだが、それくらいは許されるべきだろう。
それとは別に、のことを考えていた。うれしそうに自分に願いを託した彼女の笑顔、その結末を知りながら請け負った自分自身こそ一番、罪が重かったのだろうか。クルルが断ることなど目に見えていたはずなのに、ギロロが受け入れたのはそれではの気がすまないであろうことを知っていたからだ。
なぜかなど、誰に教えてもらわずとも知っている。その感情を自分自身も持っているからだ。焦げるような衝動を、一度決めたら相手の答えを聞かずにはおれない一途さを、共に感じるように理解しているからだ。他の誰かの小言めいた助言など耳には届かない。何よりも自身を突き動かす真実は、相手の放った言葉だけなのだ。
だからこそ、その『提案』を容易に受け取ることなど出来ない。
「クルル、お前は何もわかっていない」
誰も傷つかない方法などいくら探しても見つかりはしないのかもしれないと、ギロロは冷たいラボの床を睨んで思った。
|