夕暮れがそろそろとうす闇を混ぜ始めたとき、はまだギロロの隣に座っていた。夏美が帰ってきたのだから彼女が日向家に来てから随分時間がたっている。おかしい、とギロロの野生的な直感が働く。はいつも、夏美が帰宅する前に必ず帰っていた。


「ねぇ、ギロロ」


ブロックに収まった体を曲げず、まっすぐ隣の塀を見ながらは言う。先ほどから会話は恐ろしく少なくなっていた。突然は何かを考えるようにして、隣にいるギロロにかまわずぼんやりとし始めたのだ。相手が話さないのならそれもいいだろうとギロロは放っておいたのだが、ようやく口を開いた彼女が口にしたのは驚くべき告白だった。


「わたし、今から告白してこようと思う」


口調からして相談ではないことがすぐにわかった。は意志をもった声を出して、瞳に光を取り戻す。
一方、今度はギロロが言葉を発せない状態に陥った。彼女の言葉は理解でき、一字一句間違わずに復唱することだって出来たのだが、シンプルなギロロの思考は理解すること自体が危険だと判断した。が何を言いだしたのか、まったくわからない。衝撃が足の先から頭のてっぺんまで徐々に浸透していく。


「急な話だよね。でも、ギロロには言っておこうと思って」
「………お、い。それは、今日、なのか?」


今にも立ち上がってしまいそうなに、ギロロはようやく言葉を探し出す。もちろん会話がおかしいことは知っていたが、そんなものは単純にどうでもよかった。
ただ、がアイツの元に行かないのであればそれで。


「今からって言ったでしょ?」
「………そう、か」
「それに実はね、もうメールで行くことは伝えてあるんだ」


二度目の衝撃は、最初のものよりやんわりとギロロに届く。彼女が遅くまで日向家に粘った意味は、だからそこにあった。は苦笑して、自分のケータイを取り出して開きながら「まだ返信が届かないんだけどね」と言う。別次元で起きている出来事のようで、ギロロはそれ自体に戸惑いを感じた。


「…………まぁ、いいや。ずっと待ってますって打ってあるし」


彼女の長い指が、小さなケータイを器用に閉じる。ぱたん、と物悲しく侘しい音がしてようやくギロロはそれが現実だと知った。いそいで自分自身にこれは予期していたことではあったのだと言い聞かせる。終着地点についただけのことであり、自分がここでオロオロと馬鹿みたいにうろたえるなんて、それこそ許されないことなのだ。


「それじゃ、行くね。幸運を祈っていてくれる?」


ブロックから立ち上がり、はケータイを手持ちのバックに収めるとギロロに笑いかけた。その笑顔が少しだけ強張っている。ギロロはそんな彼女を気遣えるほどの余裕もなく、「どこで」と頼りないとさえ感じる声で聞いた。は顔を強張らせたままで、ゆっくりと左右に首を振る。


「教えない。………泣いてたら、格好悪いでしょ」
「……それは」
「いいの。ギロロはここで待っていて。……………報告くらいはしに来るからさ」


痛々しささえも感じさせて、は笑う。その姿がひるがえり、角を曲がって見えなくなるまでギロロはまったく動けずにいた。自分が動くことなどもう、許されない問題に突入しようとしてるのだと理解していた。
だから、そのあとの自分がした行動はまったく理に適うものではなかった。


「…………………!!」


手足は別物だと思えるような俊敏な動きで目的のものを探し当て、目で追うよりも早く脳で理解し、理解するよりも早く庭から飛び出し走り出している自分がいた。
頭の中でそんな自分を傍観する、何も考えていない別人格がいるような気持ちになるくらい、それは実感がなかった。自分が何をしようとしているのか、その結果はどうなるのか。子供のように衝動的な考えのない行動ばかりではなくなった自分が、どうしてこんなに必死になって整理できない問題に突っ込んでいこうとしているのかわからない。ただ言えるのはやはりそれは子供じみた衝動であり、ばかばかしくも他人にはわかりえないギロロの譲れない一歩なのだ。
覚悟など、出来ていなかった。けれどギロロの足は力強く走り、視界にひとつの扉を見つけ、両腕で開け放っていた。途端、後悔と同じ落胆と絶望を味わうことになると知っていても。


「…………


部屋を開け放ったとき、は後姿だった。むっとする温かな空気と花の匂いが扉から溢れていく。ドロロが丹精に育てている温室じみた花畑の中で、彼女は背中をピンと立てていた。
ゆっくりと、がこちらを向く。瞳にギロロを写したときの表情を見ることが出来ない。


「………どうして」


むせ返るような花の匂い、の頼りない声、自分の小さな足。
何も変わることなどないのに、ギロロはひどく自分が愚かで矮小な生物のように感じた。たった一言を飲み込むことができない。
たった一言を、彼女に言わせなければいけない。


「どうして、ここにいるの」


ギロロは瞳をつむり、その苦難に立ち向かう覚悟をやっと決める。決めてしまえばそれは当の始めから、自分の中に収まっていたような奇妙な落ち着きさえも持っていた。


「すまない…………お前とメールしていたのは………オレだ」


































されるもなかった



(08.03.01)